日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

Spi1遺伝子のR235C変異を有するマウスは放射線誘発急性骨髄性白血病を好発する

論文標題 Spi1 R235C point mutation confers hypersensitivity to radiation-induced acute myeloid leukemia in mice
著者 Brown N, Finnon R, Finnon P, McCarron R, Cruz-Garcia L, O'Brien G, Herbert E, Scudamore CL, Morel E, Badie C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
iScience, 26(9): 107530, 2023
キーワード 放射線誘発急性骨髄性白血病 , rAML , Spi1/PU.1 , マウスモデル , 低線量放射線

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【背景・目的】
電離放射線への被ばくは、急性骨髄性白血病 (AML) の危険因子である。放射線誘発AML(rAML)の近交系マウスモデルとしてCBA系統が知られている。CBAマウスのrAMLでは、がん抑制遺伝子として知られ、骨髄造血に関わるSpi1/PU.1遺伝子が存在する2番染色体の欠失(Del2)によるヘミ欠失および、残りの対立遺伝子への機能欠損変異(R235C/S/H)が生じることが知られている。Del2 は発がん初期のイベントであり、X線3 Gyの急照射後 24~48 時間で骨髄に出現し、照射後18か月までに50%以上のマウスにDel2 クローンの拡大が認められる。一方、照射後の18か月までのrAML発生頻度はわずか15%であることはAML発生にDel2だけでは不十分であり、R235C/S/H変異等の二次事象の獲得が必要であることを示している。しかし、rAMLの発生メカニズムにおけるSpi1変異の役割は依然不明である。そこで、本研究ではR235C変異(以下、SPM, Spi1 point mutation)を導入したマウスモデルを作製し、SPMのSpi1遺伝子活性およびタンパク質機能に対する影響および、それらがrAMLへどのように関わるかを明らかにすることを目的とした。

【主な結果】
1.ヘテロ接合性SPMの造血機能への影響
脾臓・血液の骨髄系細胞(Gr-1、Mac-1) ・リンパ系細胞 (CD3、B220) 、および造血活性 (cKit、Ly6C、CD31)マーカーのパネルを用いた免疫表現解析および各臓器の病理組織学的解析により、生後6か月のCBA(Spm/+)マウスの血液学的表現型はCBA(+/+)の同腹仔と同等で正常であることを確認した。Spi1はハプロ不全を引き起こすことが知られていることから、CBA(Spm/+)マウスではSpi1の野生型対立遺伝子へフィードバック制御が生じていることが示唆された。そこで、CBA(Spm/+)マウスとSpi1遺伝子の下流にGFP遺伝子がノックインされたSpi1レポーターマウス(CBA-Spi1(Gfp/Gfp)マウス)を交配し、F1CBA(Spm/Gfp)マウスを作製した。フローサイトメトリーを用いた骨髄系細胞におけるGFP発現解析では、生後3~6か月のCBA-Spi1(Gfp/+)マウスでは、GFP蛍光強度の幾何平均値はCBA-Spi1(Gfp/Gfp)マウスの1/2程度であった。一方、F1-CBA(Spm/Gfp)マウスでは、CBA-Spi1(Gfp/+)マウスと同様のGfpコピー数であるにも関わらずCBA-Spi1(Gfp/+)マウスと比べて有意に強い蛍光を示した。したがって、F1-CBA(Spm/Gfp)マウスにおける骨髄造血は、野生型Spi1対立遺伝子の発現量の増加によって部分的に代償されることが示された。

2.ヘテロ接合性SPMのrAMLの発症への影響
CBA(Spm/+)マウスを10~12週齢時にX線3 Gyまたは100 mGy全身照射した群(線量率はそれぞれ0.5 Gy/minと4.9 mGy/min)と非照射群に分け、AMLの発症を解析した。照射の有無に関わらず、CBA(Spm/+)マウスにおけるAML発症率は100%であり、先行研究における照射CBA(+/+)マウスにおけるAML発症率(15%)より高かった。CBA(Spm/+)マウスにおけるAML発症時期は、非照射群で生後260±88日、100 mGy照射群で生後216±29日、3 Gy照射群で生後166±30日であり、どの群においても3 Gy照射後のCBA(+/+)マウスにおけるrAMLの発症時期(生後447±79日)より有意かつ線量依存的に早まった。続けて、SPM 修飾および rAML 発症の感受性に対する遺伝的背景の影響を決定するため、AMLが発生しにくいC57BL/6(B6)マウスをバックグラウンドとしたB6(Spm/+)マウスを用い同様にAMLの発症を解析した。B6(Spm/+)マウスにおけるAML発症率は非照射群で17.4%、3 Gy照射群で62%でありCBAバックグラウンドの場合より低かった。したがって、遺伝的背景がマウスAMLリスクに影響を与えることが示唆された。

3.CBA(Spm/+)マウスに生じたrAMLの特徴
CBA(Spm/+)マウスにおいて、自然発生/de novo AMLとrAMLは、同様の身体的兆候(姿勢や呼吸の異常、体重減少等)、病理学的特徴(脾腫、肝腫大、白血球数増加)、および比較的成熟した骨髄単球に類似した表現型(Mac1 、Gr1 、CD31、Ly6C、VCAM1、cKitが強陽性かつCD3、B220、CD34、CD38、Flt3が陰性)を示した。一方、rAMLはde novo AMLより脾臓が小さく、白血球数が少なく、心室内の血液および各組織への芽球浸潤が少ない傾向が見られた。続けて、アレイ比較ゲノムハイブリダイゼーション法により、2番染色体のコピー数、パイロシーケンス法によりSpi1遺伝子の変異を解析した。生後3~6か月では健康なCBA(Spm/+)マウスからDel2クローンは検出されなかったが、de novo AML、rAMLからはともにDel2が検出された。したがって、CBA(Spm/+)マウスにおいてもAMLの発症には、Spi1遺伝子への二次的な変異が必要であることが確認され、野生型対立遺伝子にDel2を有する細胞が、選択されクローン増殖することが示唆された。

4.CBA(Spm/+)マウスに生じたrAMLにおけるSpi1のメチル化と発現
バイサルファイトパイロシーケンス法により、上流調節配列の2つ遠位領域とプロモーター領域におけるDNAメチル化レベルを解析した。de novo AML、rAMLともに各領域で約20%がメチル化されており、有意差は見られなかった。続けて、ウエスタンブロット法により、Spi1 /Pu.1タンパク質発現量を解析した。解析したすべてのde novo AML、rAMLにおいてSpi1の発現が認められたが、野生型CBAマウス由来の正常な脾臓(陽性対照)と比較して低いレベルであった。一方、de novo AMLとrAMLでSpi1の発現量に有意差は観察されなかった。

【考察・まとめ】
本研究は、ヘテロ接合性SPMはrAMLに対する極めて高い感受性を引き起こすことを見出した。また、Del2 は殆どのCBA(Spm/+)マウスのAMLに存在するが、生後 6 か月までの健康な非照射 CBA(Spm/+)マウスには存在しないことから、Del2とR235変異の両方がAMLの発症に必要であることが明らかになった。本結果から、SPMマウスモデルでは、標的細胞(造血幹・前駆細胞)集団内に先天性SPMがある場合、2番目の異常として自然発生または放射線誘発のDel2が生じ、その後急速にAMLが発症することが推測される。
SPMマウスモデルにおいて、マウスの系統(CBA、B6)によりAML発症率が異なることは、rAMLリスクが、遺伝子的要因に影響を受けることを示唆する。この原因には、DNA 損傷/修復ネットワーク遺伝子、免疫応答、エピジェネティックな変化 (DNAメチル化等)に違いがあることが考えられるが、これらの変化が白血病発生過程で果たす役割を明らかにするためには、更なる研究が必要である。
SPM マウスモデルは、Spi1遺伝子発現の変化が下流の標的や造血経路に及ぼす影響など、rAML発生過程への洞察を提供する。また、線量依存的なAML 発生の早期化は、低線量・低線量率放射線によるAMLリスクの定量化に有用である。