日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

損傷タンパク質の凝集は非対称分裂を誘導し娘細胞の運命を決定する

論文標題 The aggregation and inheritance of damaged proteins determines cell fate during mitosis
著者 Bufalino MR. van der Kooy D
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Cycle 13, 1201-1207. 2014
キーワード 損傷タンパク質 , 非対称分裂 , ハンチンチン , 細胞運命

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 細胞内では多くの損傷タンパク質が作られている。損傷タンパク質は酸化ストレスにより誤った折りたたみ構造をとったり、共有結合に変化が生じたりしたタンパク質であるが、通常はプロテアソームにより分解される。しかし、プロテアソームの活性は加齢とともに減少する。プロテアソームの機能低下は細胞毒性の高い損傷タンパク質の蓄積を促し、その結果、様々な機能障害を誘発する。このように損傷タンパク質は細胞および組織の機能低下に重要な役割を担っていることが推測されるが、損傷タンパク質となるタンパク質の変化はOHラジカルなどの酸化ストレス等によりランダムに生じるため、特定の損傷タンパク質を過剰発現させることは不可能であり、損傷タンパク質の細胞内での機能を明らかにすることは極めて困難であった。本論文で筆者らは損傷タンパク質と同様に通常はプロテアソームで分解されるハンチントン病の病因遺伝子産物ハンチンチン(Htt)を過剰発現させて損傷タンパク質のモデルとして用いた。これによりHttの細胞内での分布が細胞の特性や細胞分裂後の娘細胞の運命に大きな影響を与えることを明らかにした。
ハンチントン病(HD)は第4染色体に局在しているIT15遺伝子領域のCAG塩基配列(グルタミンをコード)の繰り返しが異常に伸長することで発症する神経変性疾患である。この病因遺伝子産物がハンチンチンタンパク質(Htt)である。Httは異常に伸びたグルタミン鎖を含み、グルタミン鎖が長くなると凝集しやすくなるためHD患者の細胞内にはHttが凝集した封入体形成が認められる。損傷タンパク質と同様Httも正常な機能を失っておりプロテアソームで分解されるが、一旦凝集して封入体を形成するとプロテアソームは凝集したタンパク質を分解できないため、細胞内に封入体が蓄積する。
まず、筆者らはGFP融合Htt(103ポリグルタミンリピートを含む)を発現するよう遺伝子導入されたPC12細胞(ラット副腎由来褐色細胞腫)を用い、数日間培養後Htt封入体が形成された細胞と封入体は形成されていないがHttの発現がみられる細胞(拡散型Htt)とに分け、それぞれの分布のHttをもつ細胞を培養した。細胞内でのHttの分布の違いが増殖に影響を与えるかどうかを調べたところ、拡散型Httをもつ細胞はコントロールと変わらない増殖速度であったのに対し、Htt封入体をもつ細胞は増殖速度が低下した。さらに、薬剤(2-BP)によりHttを化学的に凝集させた細胞でも同様な結果が得られた。Htt封入体をもつ細胞は拡散型Httをもつ細胞に比べて倍加時間が長くなっていることからHtt封入体をもつ細胞は拡散型Httに比べて細胞周期が長くなっていることが示唆された。
拡散型Httをもつ細胞と封入体をもつ細胞とで細胞周期の長さに違いがみられることから、Httの細胞内での分布の違いは細胞の特性に影響を与えることが推測される。そこで、ストレス(過酸化水素、及びドキソルブシン)に対する細胞生存率をそれぞれの細胞で調べたところ、封入体をもつ細胞はコントロールや拡散型Httをもつ細胞に比べて顕著に高い生存率を示した。これにより細胞周期の長い細胞のほうがストレスに対してより抵抗性であることが示唆された。
次に、筆者らは封入体をもつ細胞の細胞分裂をライブセルイメージングにより観察した。封入体をもつ細胞は非対称分裂を起こし、一方の娘細胞にのみ封入体が分配された。その後、封入体を受け継がなかった娘細胞の方が、封入体を受け継いだ娘細胞よりも先に細胞分裂を起こした。これにより封入体の存在は細胞分裂にも関与し、細胞運命の決定に大きな影響を及ぼすことが示唆された。また、非対称分裂により封入体が一方の細胞にのみ受け継がれることで結果的に封入体をもつ細胞は排除される方向に向かうと考えられ、非対称分裂は損傷タンパク質の細胞毒性から細胞自身を守るための手段として選択されていることが示唆された。
続いてHttの細胞内での分布の違いが細胞の分化に影響を与えるかどうかについて調べた。PC12細胞では神経突起の長さが分化度を測る指標として多く用いられていることから、封入体をもつ細胞を神経成長因子含有培地で培養し、娘細胞の神経突起の伸長を観察した。封入体をもつ細胞は神経成長因子含有培地でも非対称分裂により封入体をもつ細胞ともたない細胞に分裂した。その後、封入体を受け継いだ娘細胞は神経突起を伸長させ、その長さは受け継がなかった細胞の2倍の長さまで達した。これにより細胞内の封入体の存在は分化を促進させることが明らかとなった。
それでは、Htt封入体はどのようにして細胞の特性に影響を与えるのか?筆者らはプロテアソームの活性が関係していると考えている。Htt封入体はプロテアソームの構成要素を直接隔離したり、さらに封入体の存在自体がプロテアソームに過剰な負荷をかけるため間接的にプロテアソーム活性を低下させることが知られている。また、プロテアソームの機能低下は分化に関係する因子の分解を阻害し、結果として細胞の分化を助長することにつながる。一方で、細胞周期を進行させるためには制御に関係するタンパク質を分解する必要があるが、プロテアソーム活性が低下するとタンパク質の分解が阻害されて細胞周期が進行せず、そのため増殖も遅くなると考えられる。さらに、プロテアソーム活性を阻害するとHtt封入体をもつ細胞が増加することも報告されており、Htt封入体をもつ細胞の増殖速度の低下や分化の促進はHtt封入体によるプロテアソーム活性の阻害により引き起こされていると考えられる。
今回の研究結果は損傷タンパク質が細胞の増殖や分化、さらには非対称分裂により娘細胞の細胞運命にも影響を与えることを明らかにしたはじめての報告ある。老化の特徴である様々な機能の低下はタンパク質恒常性の喪失と深く関係しており、損傷タンパク質の増加は機能の低下をより促進すると考えられる。このようなモデルを用いて損傷タンパク質の細胞への影響並びに継世代への影響を明らかにすることは非常に重要であると思われる。