日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

Ku70とBaxの関係のもう一つの側面

論文標題 Regulation of the proapoptotic factor Bax by Ku70-dependent deubiquitilation
著者 Amsel AD, Rathaus M, Kronman N, Cohen HY.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci USA, 105, 5117-512, 2008.
キーワード アポトーシス , ユビキチン化 , DNA損傷 , KU70 , Bax

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Ku70はKu80(あるいはKu86)とヘテロダイマーを形成し、DNA二重鎖切断部位に結合し、その修復に重要である。しかし、2003年に、Ku70がBaxと結合してそのミトコンドリアへの移行、ひいてはアポトーシスを抑制するという驚くべきことが発見された(1,2)。更に驚くべきことに、Baxへの結合とアポトーシス抑制にはわずか5アミノ酸が必要十分であることが示された。その後、本論文の著者の1人Cohenらは、Ku70がCBPあるいはPCAFによってアセチル化されるとBaxとの解離が起こり、アポトーシスが引き起こされることを示している(3)。
 それなら、Ku70がないと即座にアポトーシスの抑制が利かなくなるのか? 確かに、Ku70欠損マウスでは脳、消化管などでのアポトーシスの増加が確認されているものの、死に至るほどではない(一方、XRCC4やDNA ligase IV欠損マウスは胎性致死である)。従って、Ku70非存在下でもBaxの制御を行っている機構があると考えられる。今回の研究は、Ku70がないときのBaxの挙動を調べることから始まっている。

 Baxは大部分、電気泳動上約19kDaの位置に見られるが、一部、30kDaから50kDaの範囲に見られる。アンチセンスオリゴあるいはsiRNAでKu70発現を抑制すると、この高分子量のBaxの増加が見られた。また、Ku70欠損マウスの線維芽細胞では正常マウス細胞に比べ、多量の高分子量Baxが見られた。免疫沈降およびWestern blottingにより、これらがユビキチン化されたBaxであることが分かった。また、プロテアソーム阻害剤MG-132やBortezomibで処理すると、ユビキチン化Baxが増加することから、ユビキチン化がプロテアソームによる分解を促進していることが示唆された。以上のことから、Ku70がユビキチン化されたBaxの分解あるいは脱ユビキチン化に関わっている可能性が考えられた。
 次に、アポトーシスとの関係を探るために、スタウロスポリン処理によりアポトーシスを誘導すると、ユビキチン化Baxの減少が見られた。しかし、Ku70欠損マウス細胞では、ユビキチン化Baxは逆に増加した。また、Ku70欠損マウス細胞の抽出液に組換えKu70(以下参照)を加えると、Baxの脱ユビキチン化が促進された。このことから、Ku70が直接あるいは間接的にBaxの脱ユビキチン化に関わっていることが示唆された。そこで、組換えKu70とポリユビキチン鎖(4量体および6量体)を反応させたところ、モノユビキチンの産生が見られた。このことから、Ku70自身がBaxの脱ユビキチン化活性を有していることが示された。また、著者らは、Ku70に既知の脱ユビキチン化酵素のモチーフがないかどうか解析し、アミノ酸残基223-240の領域がUIM/MJDクラスの脱ユビキチン化酵素と相同性を有することを指摘している。
 これまではKu70がBaxの機能を「抑える」ことが示されてきたが、今回は逆にBaxを分解から「守る」ことが示された。この二面的な効果を統合すると、Ku70はBaxの活性化の「準備」に関わっているーしかし、あくまで「準備段階」に留めておくのだーと考えることもできる。また、Baxについては、例えば、DNA損傷に応答してp53依存的にmRNA発現が亢進するなど、他の調節機構が多く知られている。これを考えると、Ku70によるBaxの調節は、アポトーシス因子の発現が誘導されず、既存のBaxでアポトーシスの引き金を引くような場合に重要なのかも知れない。このように今回の結果は、アポトーシスの制御機構に新たな視点を与えるものである。
 Ku70が脱ユビキチン化酵素活性を持つというのは、これまた驚くべきことである。しかし、Experimental Procedureからは、ここで組換えKu70として用いているのは、Ku70/80の複合体であるという風に読み取れる。一方、細胞内でKu70がない状況では、Ku80が不安定になり、存在量が著しく減少することも知られている。これを考えると、Ku70単独ではなく、Ku70/80複合体あるいはKu80が脱ユビキチン化酵素活性の本体である可能性も現時点では否定できない。これは今後まず明らかにすべき点であろう。また、Ku70が脱ユビキチン化する分子はBax以外にないのか、というのも興味深い問題である。例えば、DNA二重鎖修復タンパク質を脱ユビキチン化する可能性はどうか? もしそのようなことがあれば、DNA二重鎖切断修復の新たな制御機構を提示することになるだろう。

<参考文献>
1) Sawada,M., Sun,W., Hayes,P., Leskov,K., Boothman,D.A., and Matsuyama,S.? Ku70 suppresses the apoptotic translocation of Bax to mitochondria.? Nat.Cell Biol. 5, 320-329 (2003)
2) Sawada,M., Hayes,P., and Matsuyama,S.? Cytoprotective membrane-permeable peptides designed from the Bax-binding domain of Ku70.? Nat.Cell Biol. 5, 352-357 (2003)
3) Cohen,H.Y., Lavu,S., Bitterman,K.J., Hekking,B., Imahiyerobo,T.A., Miller,C., Frye,R., Ploegh,H., Kessler,B.M., and Sinclair,D.A.? Acetylation of the C terminus of Ku70 by CBP and PCAF controls Bax-mediated apoptosis.? Mol.Cell 13, 627-638 (2004)