日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

低線量放射線誘発DNA損傷に対する早期細胞応答

論文標題 Evasion of Early Cellular Response Mechanisms following Low Level Radiation-induced DNA damage
著者 Collis SJ, Schwaninger JM, Ntambi AJ, Keller TW, Nelson WG, Dillehay LE, Deweese TL.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J Biol Chem. 279, 49624-49632, 2004.
キーワード 低線量放射線 , DSB , 線量率 , ATM , 逆線量率効果

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 電離放射線によるDNA損傷の中で最も致命的なものはDSBsである。DSBsが生じると、DSBsのセンサーによる認識とそれに続く修復機構により修復される。そのセンサーはどのくらい鋭敏なものなのであろうか?もしセンサーが働かないような低線量・低線量率照射を行えば、細胞にどのような影響がでるのであろうか?この論文では、各種培養細胞に2Gyを異なる線量率(HDR, LDR, VLDR)で照射し、感受性をコロニー形成法で、DNA傷害のセンサーとしての機能をATMのリン酸化、その下流のγ-H2AXなどを指標に検討を行った。

(材料)
Cell line : (Cancer cell lines) HCT116, RKO, DU145, PC-3
  (Normal human fibroblasts) 1070SK
Antibodies: Phospho-ATM(ser 1981), Phospho-NBS (ser343), γ-H2AX(ser139)
Reagents: Chloroquine (an ATM activator)
DNA (plasmid): ATM siRNA vector
照射)総線量を2Gyにしている。
HDR: High dose rate (4600 cGy/hr, 1800 DSBs/h)
LDR: Low dose rate (9.4 cGy/hr, 4-5 DSBs/hr)
VLDR: Very Low dose rate (2cGy/hr, 1 DSB/hr)
(結果)
まず4種類のがん細胞(培養細胞)にそれぞれHDR, LDRで2Gy照射をしたところ、いずれの細胞でもLDR照射(9.4 cGy/hr)の方がHDR照射(4600 cGy/hr)に比べて生存率が低くなった。またヒト正常線維芽細胞における生存率もLDR照射の方が低くなった。いわゆる逆線量率効果である。この逆線量率効果は線量を増加(Total 0,2,4,6Gy)させても同じ傾向が見られた。
 次にHDR, LDRで2Gy照射後、ATMのリン酸化(ser1981)についてリン酸化特異抗体を用いたWestern blottingにより解析を行った結果、HDR照射ではリン酸化が有意に認められたのに対して、LDR照射では、全く認められなかった。またNBS-1のリン酸化(ser343)やγ-H2AX(ser139)についても、LDR照射の方ではリン酸化を検出できない, もしくはHDR照射に比べて有意にその度合いが低下していた。(HDRでは2Gy照射に2.5分、LDR照射では、21時間かかる。よってLDR照射では、リン酸化が起こっているにも関わらず、細胞を回収するころには、脱リン酸化されてしまって、バンドが検出できないのではないか?と疑問もあるが、少なくとも0.4GyでATMのリン酸化はMAXに達し、その後24時間持続してリン酸化状態が続くことが知られていることなどが記載されており、脱リン酸化の可能性を否定している)。このことからこの実験における低線量率照射(9.4 cGy/hr)によるDSBsは、DNA傷害のセンサーATMによって認識されることなく、その結果として生存率の低下をもたらしているのではないかと推測された。そこでLDR照射によるDNA傷害はATMを活性化させることができないと仮定するならば、ATMを人為的に活性化させておいてLDR照射してみたらどうなるかを調べた。ATMの活性化剤として知られているChloroquineを照射前に加えておき、LDR照射を行ったところ、生存率がHDR照射とほぼ同レベルまで回復した。このときのγ-H2AXについてもHDR照射したときのレベルまで回復していた(リン酸化が認められるようになった)。
 この結果は、ATMがLDR照射によるDSBsを認識できず、活性化されないことを示唆している。さらにATMのsiRNAベクターを導入した細胞にHDR照射したときの生存率は、親株をLDR照射した場合とほぼ同程度までに低下していた(ATM導入株でLDR照射した場合は、HDR照射の場合と変わらないのか、どうなのか?実験結果は示されていません)。最後にLDRよりも更に低い線量率VLDR(2cGy/hr)で2Gy照射したところ、LDR(9.4 cGy/hr)よりも更に低い生存率を示した。このときもVLDR照射の方では、ATMのリン酸化は検出されなかった。
 電離放射線によるDSBsは、一般的に1-2時間以内に修復されると考えられている。この論文では、細胞のDNA 傷害のセンサーとして知られているATMがLDR(4-5 DSBs/hr ), VLDR (1 DSB/hr)のような低線量率照射によるDSBsの認識やそれに続く下流のシグナル伝達も活性化することができないこと、その結果、生存率がHDRに比べて低くなることを示したものである。この低線量率照射がもたらす修復系の不活性化とその結果としての生存率の低下は、腫瘍の治療などに応用できる可能性を秘めているかもしれない。

(参考文献)
Bakkenist, C.J and Kastan, M.B. (2003) Nature 421, 499-506.
Lee, J.H., and Paull, T.T. (2004) Science 304, 93-96.