日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ATM、ATR、DNA-PKcsのDNA損傷部位への動員機構に関する「統一理論」

論文標題 Conserved modes of recruitment of ATM, ATR and DNA-PKcs to sites of DNA damage
著者 Falck J, Coates J, Jackson SP.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 434, 605-611, 2005.
キーワード DNA損傷 , キナーゼ , 活性化 , NBS1 , KU80

► 論文リンク

 電離放射線、紫外線、薬剤、酸化ストレスや複製エラーなどによってDNAに損傷が生じた時、細胞はその損傷を修復しようとする他、細胞周期の一時停止、あるいは自発的な細胞死などの生体防御反応を引き起こす。この反応を起こす過程では、真核生物で広く保存されたタンパク質リン酸化酵素ファミリーがDNA損傷センサーの役割を果たすと考えられている。哺乳動物細胞では、主にDNA二重鎖切断の認識に関わるATM(注1)、DNA-PKと1本鎖DNAの認識に関わるATRの3分子が知られている。これらの分子がいかにしてDNA損傷を認識するかは非常にホットな話題であり、そのうちいくつかを本コーナーでも紹介したところである。本日付けのNature誌のArticleにJackson(注2)らが、ATM、ATR、DNA-PKがDNA損傷部位に動員されるために普遍的に重要な機構を発見したと報じている。これまでに、ATM、ATR、DNA-PKのDNA結合や活性化には、それぞれ、MRN(Mre11, Rad50, Nbs1)複合体、ATRIP、Ku70/80が重要であることが示されていた。今回の発見の主旨は、Nbs1、ATRIP、Ku80のC末端の10?20アミノ酸程の領域が必要であり、しかもこの領域は進化的に保存され、相互に類似している、ということである。
 最初に、ATMについて。まず、著者らはNbs1のC末端において進化的に保存されたモチーフを新たに見つけ、そこがタンパク質相互作用領域であるとにらんで、ペプチドを用いて結合タンパク質を探索したところ、その一つとしてATMが見つかった。Nbs1のC末端20アミノ酸を削ったり、保存されているアミノ酸を置換したりすると細胞内でのATMとの結合が失われたことから、ATMとMRNの結合にこの保存領域が重要であることが示された。次に、磁気ビーズに固定したDNAを細胞抽出液と混合して沈降する実験(いわゆるpull-down法)により、ATMのDNA結合においてもNbs1のC末端保存領域が必要であることを示した。更に、細胞内でのATMの損傷部位への動員にNbsのこの領域が必要であることを、界面活性化剤への可溶性やSer1981リン酸化型ATMのフォーカス形成を指標として示している。
 Nbs1のC末端を欠損する細胞(注3)では、SMC1のSer966、Nbs1のSer343、Chk2のThr68のリン酸化がいずれも減弱していた。p53のSer15およびH2AXのSer139のリン酸化の減少は認められなかったが、後者に関しては特異的阻害剤を用いた検討により、DNA-PKcsが代わりにリン酸化していることが明らかになった。また、このNbs1 C末端領域を欠損する細胞では、S期チェックポイント(いわゆる放射線抵抗性DNA合成で見る)およびG2/Mチェックポイントがほとんど働かなくなっていた。これらのことから、Nbs1のC末端がATMの機能に重要であることが示される。
 次にDNA-PKについて。以前、著者ら、および他のグループが、DNA-PKの活性化にKu80のC末端の15アミノ酸程度の領域が必要であることを報告している。酵母や線虫などDNA-PKcsが見つかっていない生物では、この領域が見られないことから、DNA-PKcsとの結合のために進化の過程で付加された領域と考えられている。この領域をよく見ると、先のNbs1および続いて登場するATRIPのC末端領域との共通性が認められる。この共通のアミノ酸を置換すると、DNA-PKcsの結合が認められなくなった。また、この領域がDNA-PKcsのin vitroでのDNAへの結合に重要であることをATMの場合と同様のpull-down法にて示した。更に、この領域を欠くKu80を発現する細胞では、放射線照射後のDNA-PKcsのThr2609の自己リン酸化が見られず、放射線感受性、DNA修復能(γ-H2AXのフォーカスで評価)がKu80欠損細胞と正常細胞の中間で、DNA-PKcs欠損細胞と同程度であった。これらのことから、DNA-PKcsの機能においてKu80のこの領域が重要であることが示される。
 最後にATRについて。まず、ATM、DNA-PKcsと同様に、ATRIPのC末端の保存領域がATRとの結合に必要であることを示した。次に、一本鎖DNAを用いたpull-down法で、ATRIPのC末端領域がATRのDNA結合に必要であることを示した。更に、C末端領域を欠くATRIPを発現する細胞ではUV照射後のATRフォーカス形成、Chk1のSer345のリン酸化が見られなかった。これらのことから、ATRの機能にATRIPのこの領域が必要であることが示される。
 こうして、ATM、ATR、DNA-PKcs3つの分子がDNA損傷部位に動員される機構についての「統一理論」が提唱された。これらの分子のDNA損傷部位への動員機構はここ数年の重要問題であり、1つ分かっただけでも大きな意義がある。それを一度に3つ解明したことは、論文3つ分(もちろんそれも一流誌)に値する成果と言えよう。ここでは哺乳動物が有する3つの分子について調べているが、酵母に至るまで他の生物のオルトログも同様の機構で損傷部位に動員されるのであろうと推察される。今回はアダプター役の分子の方でセンサー役の分子の動員に必要なモジュールが見つかったわけであるが、逆に、センサー役の分子の方にも動員されるために必要なモジュールがあるのではないかと考えられる。実際、ATMにおけるNbs1結合領域はファミリー分子間で弱いながらも保存されたHEATリピート領域にあるらしいという。共通性の一方で、それではなぜATMはNbs1に、ATRはATRIPに、そしてDNA-PKcsはKu80に動員されるのかという「選択性」の問題が生じる。もちろん、それぞれのC末端領域には若干の違いが見られるが、これだけでは「選択性」は説明できないらしい。この辺りが今後の課題であろう。しかし、間違いなく言えることは、この発見が今後のDNA修復、シグナル伝達に与える影響は極めて大きいだろう、ということである。

注1
本稿で用いる略称について。ATM: ataxia-telangiectasia mutated, ATR: ATM- and Rad3- related, DNA-PK: DNA-dependent protein kinase, NBS: Nijmegen breakage syndrome。
注2
1993年にDNA-PKがKuを介してDNA二重鎖末端に結合することにより活性化することを発見。以降10年余、DNA-PKcsがマウスscid原因遺伝子、Ku80がXRCC5遺伝子であること、FHAドメインがリン酸化タンパク質結合モジュールであることなどを証明し、DNA損傷の修復、シグナル伝達をリードしている。
注3
正確にはNBS患者細胞(つまりNbs1を欠損する細胞)に、C末端を削ったNbs1を導入したもの。対照は全長Nbs1を導入した細胞。なお、Ku80の場合は、CHO由来の欠損細胞xrs6に全長あるいはC末端欠失Ku80を導入して実験に用いている。ATRIPについては現在欠損細胞が存在しないことから、内在性のATRIPをsiRNAでノックダウンして、siRNAの影響を受けないようにしたATRIPを導入して用いている。