日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ここまで明らかになったATM活性化のメカニズム - MRN複合体が引き起こすATMの活性化

論文標題 ATM activation by DNA double-strand breaks through the Mre11-Rad50-Nbs1 complex
著者 Lee JH, Paull TT.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 308, 551-554, 2005.
キーワード DSB , DNA損傷 , 活性化 , ATM , 自己リン酸化

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 DNA二重鎖切断(DSB)は、細胞にとって最も重篤な損傷であることが知られている。哺乳類細胞内でDSBが生じた場合、細胞周期の停止やDNA修復、アポトーシスなどの応答機構がはたらき、遺伝情報は安定に保たれる。多細胞から構成される生命体にとって、発がんなどの危険から身を守り、子孫に正確な遺伝情報を伝えていくために非常に重要なこれらの機構は、多くの生体内高分子が構成する制御系によって調節され、はたらくと考えられている。毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子産物であるAtaxia-telangiectasia mutated (ATM) は、細胞内にDSBが生じると活性化する。活性化したATMは、種々のタンパク質(p53、Chk2、Brca1、H2AX、Smc1など)のリン酸化という形でシグナルを伝達し、その結果として応答機構がはたらく。ATMの機能が欠損している細胞は、応答機構を適確にはたらかせることができず、DSB修復能に大きな問題を抱え、電離放射線に対して高感受性を示す。それでは、DSBが生じた際に、どのようなメカニズムでATMは活性化するのであろうか?ATMの下流(活性化以後)については多くの報告がなされてきた一方で、活性化が引き起こされるメカニズムついては未解明の点が多く残されている。LeeとPaullは、この疑問の解明へと近づく画期的な研究成果をScience誌の2005年4月22日号に発表した。彼らによれば、DSB部位にMre11-Rad50-Nbs1(MRN)複合体が集まることがATMの活性化に必要であり、MRN複合体がDNA末端をほどく際にATMの単量体化と活性化が起こるとのことである。
 まず、ATMの活性化にはMRN複合体とDNA末端が必要であることが明らかにされた。著者らは、活性化していない状態のATM二量体を精製し、その活性化(p53、Chk2のリン酸化を指標としている)について調べたところ、MRN複合体とDNAの両方が必要であることがわかった。また、環状DNAを用いて実験を行い、反応系に制限酵素を加えた際にATM基質のリン酸化が亢進したことから、DNA末端が活性化に必要であることがわかった。次に、磁気ビーズに結合させたDNAを用いた実験から、ATMがDNAにMRN複合体を介して結合することが明らかになった。Nbs1を欠いたMR複合体存在下においても、ATMはDNAに結合したが、この場合には活性化は見られなかったとのことである。
 次に、Ser1981の自己リン酸化がATMの単量体化と活性化のスイッチであるという報告(関連文献1)があったことから、ATMのSer1981の自己リン酸化と活性化との関係性について調べられた。著者らは、in vitroの系において、Ser1981をアラニンに変えたATM(S1981A)でも、MRN複合体とDNAによる活性化が見られることを確認した。つまり、Ser1981の自己リン酸化は、MRN複合体とDNAによるATMの活性化には不要であることが示された。また、Flagとhemagglutinin(HA)で標識された2種類のATMによる二量体を用いたプルダウン実験から、S1981Aでも同様に単量体化が起こることが明らかになった。
 続いて、ATMの活性化に対する、MRN複合体の役割に関しての解析が行われ、MRN複合体の持つDNA二重らせんの巻き戻しが重要である可能性が示唆された。MRN複合体のATP依存性の機能を欠損したMR(S1202R)N変異複合体の場合には、ATMとDNAの結合、ATMの単量体化は引き起こされたが、ATMの活性化が見られなかった。また、両端にヘアピン構造を持つDNAを用いた場合にも活性化は起こらなかった。しかし、片端に塩基対を形成しない60塩基を持つDNAの場合には活性化が起こり、同様の結果がMR(S1202R)N変異複合体の場合にも観察された。このことから、ATMの活性化には、Rad50の持つATP依存性の機能と、DNA末端における二重らせんの巻き戻しが必要であると考えられる。
 以上をまとめると、次のようなモデルを描くことができる。まず、DSBが生じた際にMRN複合体がDSB部位に集まり、その際にMRN複合体を介してATMもDNAに結合する。次に、MRN複合体がDNA末端を解き、それとともにATMの単量体化と活性化が起こる。活性化ATMはp53やChk2などをリン酸化し、シグナルが下流に伝えられる。最終的に、細胞周期の停止やアポトーシスなどの応答機構がはたらく。
 この論文と同じ著者らによる、2004年のScience誌に掲載された報告(関連文献2)と合わせて考えると、ATMの活性化の前後両方において関わる分子であるMRN複合体は、ATMの機能に欠かせないタンパク質であるようだ。このように詳細な分子機構が明らかになる一方で、新たな疑問も生じる。著者らの実験結果によれば、Ser1981の自己リン酸化は、ATMの単量体化と活性化に必要ではないことになる。しかし、in vivoにおけるS1981A変異が、ドミナントネガティブ効果(mitotic indexの低下、radioresistant DNA synthesis)を引き起こすという報告がなされている(関連文献1)。ATMの機能においてこの自己リン酸化部位の持つ役割とは何であろうか?また、この自己リン酸化部位の変異は、どのような機構を通してドミナントネガティブ効果に結びつくのであろうか?

<関連文献>
1. Bakkenist C.J., Kastan M.B. DNA damage activates ATM through intermolecular autophosphorylation and dimer dissociation. Nature 421, 499-506, 2003.
2. Lee J.H., Paull T.T. Direct activation of the ATM protein kinase by the Mre11/Rad50/Nbs1 complex. Science 304, 93-96, 2004.
<参考文献>
1. D'Amours D., Jackson S.P. The Mre11 complex: at the crossroads of dna repair and checkpoint signalling. Nat Rev Mol Cell Biol 3, 317-327, 2002.
2. Shiloh Y. ATM and related protein kinases: safeguarding genome integrity. Nat Rev Cancer 3, 155-168, 2003.