日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA切断シグナル伝達経路のMissing Link:ATM活性化のメカニズムに関する論文紹介

論文標題 DNA damage activates ATM through intermolecular autophosphorylation and dimer dissociation
著者 Bakkenist C.J. and Kastan M.B.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 421, 499-506, 2003
キーワード ATM , DSB , DNA損傷 , 自己リン酸化 , チェックポイント

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毛細血管拡張性運動失調症(ataxia-telangiectasia: AT)の原因遺伝子ATMは、放射線照射などで生じたDNA二重鎖切断(double-strand breaks: DSB)によって活性化し、p53、Nbs1、BRCA1、FANCD2、SMC1、Rad17などをリン酸化し、細胞周期チェックポイントに関与すると考えられている。ところが、これまでDSBがいかにしてATMを活性化するかは明らかにされておらず、現在の分子放射線生物学における最大のmissing linkの一つとなっている。本日、即ち、2003年1月30日号のNatureにBakkenistとKastanが発表した論文(article)は、その解明への大きな一歩と言えるだろう。
 BakkenistとKastanはまず、放射線照射後に32P無機リン酸ラベルした細胞(10Gy照射後30分)からATMを免疫沈降して、そのリン酸化が誘導されることを示した。このリン酸化部位の同定を質量分析法やクロマトグラフィーなど様々な方法で試み、ついには、ATMの触媒ドメインの全てのセリン残基に片っ端から変異を加えたりしたが、どれもうまくいかなかったそうである。しかし、結局、消化酵素の切断パターンから、「これしかない」という部位として、Ser1981を割り出した。この部位はATMファミリー分子に見られるFATドメインのN端部に位置し、ヒト、マウス、カエルで保存されている(酵母などではないらしい)。Ser1981が実際に放射線照射によって誘導されるリン酸化部位であることは、今や定法の一つとなったリン酸化部位特異的抗体によって示した。更に、リン酸化がwortmanninによって阻害され、また、AT細胞にkinase活性のないATMを発現させた場合には見られないことから、ATM自身によってリン酸化されていることが示唆された。
 このS1981AをHeLa細胞に発現させると、分裂指数(mitotic index)の低下が抑制され、放射線抵抗性DNA合成(Radioresistant DNA synthesis)が見られた。即ち、S1981A変異体は、kinase活性を欠損したATMと同様、細胞周期チェックポイントに関してドミナントネガティブな作用を示した。では、このSer1981のリン酸化はいかにしてATM機能に関係するか? これに関して、BakkenistとKastanはまず、ATMの触媒ドメインとSer1981近傍の領域が結合することを見出した。Ser1981を酸性アミノ酸であるAspやGluに置換すると見られなくなったことから、結合がリン酸化によって解離する仮説が考えられた。また、別々の発現タグをつけたATMが相互に共沈することから、「分子内」ではなく「分子間」で結合している、つまり、ダイマー(あるいはオリゴマー)を形成していることが示唆された。しかも、野生型では放射線照射すると共沈が見られなくなるが、S1981Aでは照射後も共沈が見られた。ここまでの話を総合すると、放射線照射後にATMがSer1981を自己リン酸化し、それによって、ダイマーが解離することがATMの活性化に重要らしいこと、逆に言えば、Ser1981近傍領域が非リン酸化状態においては、触媒ドメインに結合して不活性化状態にとどめているらしいことが読み取れる。このようなタンパク質リン酸化酵素の活性調節様式は新奇なものだとDiscussionの中で述べられている。また、Ser1981近傍領域はATM合成過程において、特に触媒領域の「正しい折り畳み」にも重要らしいことが示されている。
 Ser1981のリン酸化は非常に早く起こる。0.5Gy照射直後にも検出可能であり、5分程度でピークに達し、その後、24時間くらいまで一定であった。また、線量依存性に関しても極めて鋭敏であり、0.1Gyから検出可能で、0.5Gyでほぼ最大となった。また、この状態において、50%以上のATMがリン酸化されていることが示されている。ヒト二倍体細胞において、1GyあたりのDSBの数は30から50個と言われていることとを考えると、数個のDSBでリン酸化が起こっていることになる。制限酵素I-SceIによる切断部位を2ケ所導入した細胞(もともとは切断部位を持たない)細胞にI-SceIを発現させた場合もリン酸化が見られた。このような極めて少数のDSBでリン酸化が誘導され、20個程度のDSBで大部分がリン酸化されることから、DSB部位に直接結合することによりリン酸かが誘導されるのではないだろうとBakkenistとKastanは推測した。では、何が自己リン酸化の引き金となるか? 低張液処理やインターカレーターchloroquine、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤trichostatin Aなどの薬剤処理によってクロマチン構造を弛緩させると、Ser1981のリン酸化が誘導される。このとき、histone H2AXのリン酸化が見られないことから、DSBは生じていないとしている。これらのことから、BakkenistとKastanは、DSBそのものでなく、クロマチン構造の弛緩によってSer1981のリン酸化、ひいてはATMの活性化が誘導される、という説を提唱している。論文の最後は、これからのDNA損傷応答に関する研究は、損傷そのものやその付近で起こる反応ばかりだけでなく、クロマチン構造変化など高次の核内事象に目を向けなければならない、と締めくくられている。
 なお、Journal of Biological Chemistryにて現在印刷中のKozlovらの論文でも、放射線照射後にATMの活性上昇とともにリン酸化が見られること、in vitroでATMが自己リン酸化することによりリン酸化活性が上昇し、逆に、phosphatase処理により活性が低下することが示されている。ここでは、リン酸化部位は明らかになっていないが、BakkenistとKastanの結果と符合している。
 おそらく、放射線照射後にATMの自己リン酸化が起こることはかなり早くから分かっていたと思われるが、ここに至るまでに多大な労力と時間を費やしたことは、上記の同定の経緯を見ても十分にうかがえた。同じ号の"News and Views"欄には、BartekとLukasが解説記事を掲載しているが、その中でも、このリン酸化部位の同定は、ATMが3056アミノ酸の巨大分子であることを考えると、"...like finding a needle in a haystack, and is a significant achievement"(ほし草の山から縫い針を探し出すような殊勲)と讃えている。解説記事では、これがブレークスルーとなりATMの活性化のメカニズムの理解が一段と進歩したことを絶賛するとともに、今後の課題もいくつか指摘している。どのようにして、ATMは弛緩したクロマチンによって活性化されるのか。クロマチン構造の変化は転写や複製の度に起こっているはずだが、DSBによって生じたものとどう見分けるのか。核内に遍在する活性化ATMがどのようにして基質をDSB部位の近傍に限局してリン酸化するのか(ATMの標的として名乗りを挙げている分子の多くが放射線照射後にいわゆるフォーカスを形成する)、などを挙げ、このような"fertile ground for future research"を提供したと締めくくっている。