日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA2本鎖切断修復タンパク質のリン酸化・脱リン酸化に関する論文

論文標題 DNA-PKcs function regulated specifically by protein phosphatase 5
著者 Wechsler T, Chen BP, Harper R, Morotomi-Yano K, Huang BC, Meek K, Cleaver JE, Chen DJ, Wabl M.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci USA, 101, 1247-1252, 2004.
キーワード DNA-PK , 自己リン酸化 , DNA損傷 , PP5 , 放射線

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DNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-dependent protein kinase; DNA-PK)は、DNA結合性Kuヘテロ2量体(Ku70, Ku86)と触媒サブユニット(DNA-PK catalytic subunit; DNA-PKcs)からなるセリン(S)・トレオニン(T)プロテインキナーゼである。電離放射線によって生じたDNA2本鎖切断(DNA double-strand break; DSB)は、主に非相同末端結合(Non-homologous end-joining; NHEJ)と相同組換え(homologous recombination; HR)によって修復されるが、DNA-PKはNHEJにおいてDSBを認識して活性化し、XRCC4やArtemis等の関連タンパク質をリン酸化するとともに、自分自身をリン酸化(自己リン酸化)することが知られている。DNA-PKcsには、今回の論文を含めこれまで8箇所のリン酸化部位が報告されており、特にT2609からT2647までの6箇所のリン酸化部位は、全長4,129アミノ酸からなるDNA-PKcsのわずか38アミノ酸の領域に集中して存在している。リン酸化部位をアラニンに置換した変異体は放射線高感受性となるが、複数の部位を同時に置換した変異体はさらに高感受性となる。In vitroの研究から、リン酸化されたDNA-PKcsは、DNAと結合しているKuとの複合体形成能、キナーゼ活性を失うことが報告されているが、T2609からT2647までのリン酸部位は、主にDNA末端のプロセッシングに関与する可能性が示唆されている。
 一方、リン酸化したDNA-PKが、in vitroでタンパク質脱リン酸化酵素であるprotein phosphatase 1 (PP1)およびPP2Aにより脱リン酸化されることや、in vivoで脱リン酸化酵素の阻害剤であるオカダ酸等での処理により、リン酸化が観察されることから、脱リン酸化酵素がDNA-PKの活性調節に関与する可能性が強く示唆されていた。
 Wechslerらは、セリン・トレオニンタンパク質脱リン酸化酵素である、protein phosphatase 5 (PP5)が、DNA-PKcsと相互作用し、DNA-PKcsの少なくとも2箇所のリン酸化部位を脱リン酸化することを見出した。まず、yeast two-hybrid法およびGST pull-down法を用いた実験から、PP5のN末端側にあるTPRモチーフを介して、DNA-PKcsのT2609を含む断片と強く相互作用することを明らかにした。しかしながら、新たに見出したDNA-PKcsのリン酸化部位であるS2056を含む断片に対しては、顕著な相互作用は見出せなかった。次に、リン酸化部位特異的抗体を用いて、HeLa細胞およびPP5を過剰発現させた2種類のサブクローン(PP5.C4, PP5.C13)における、リン酸化T2609(pT2609)、S2056(pS2056)の脱リン酸化を観察した。γ線11.5 Gy照射30分後にpT2609が観察されるが、PP5.C4, PP5.C13では、脱リン酸化が著しく促進され、照射410分後には、非照射細胞とおなじ程度にまで戻った。一方、pS2056の脱リン酸化は、照射410分後に、PP5.C13では認められたが、PP5.C4では認められなかった。さらにDNA-PKcsのT2609は、ATMによってもリン酸化されることから、ATMの自己リン酸化部位であるpS1981の脱リン酸化についても検討したが、HeLa細胞およびPP5.C4, PP5.C13で差が認められなかった。これらの結果から、PP5はDNA-PKcsに特異的に作用することを示唆している。
 PP5は、細胞質、細胞核のどちらにも存在し、核移行はC末端の80アミノ酸からなる核移行シグナルに依存して生じる。次に、この核移行シグナルを持たないGFP融合タンパク質を発現したHeLa細胞由来のサブクローン(PP5.C7)を樹立した。PP5.C7では、ドミナントネガティブ効果により、HeLa細胞でT2609のリン酸化が弱まる照射410分後においても強いリン酸化が持続された。さらにPP5のsiRNAをHeLa細胞に導入し、PP5をノックダウンしたところ、非照射および10Gy照射30分後のpT2609、pS2056どちらのリン酸化も若干増強された。これらの結果は、他の脱リン酸化酵素が、PP5に代わって、DNA-PKcsのpT2609およびpS2056を脱リン酸化できないことを示唆する。
 次に、フローサイトメーターを用いて、前方散乱、側方散乱プロファイルの違いから、生存、分裂細胞を計測した。PP5を過剰発現したPP5.C4、PP5.C13は、HeLa細胞および、GFPのみを発現するサブクローンと比べて放射線高感受性であったが、核移行シグナルを持たないPP5を発現したPP5.C7が最も高感受性であった。
 以上から、PP5はDNA-PKcsと相互作用し、pT2609および程度の違いはあるがpS2056の2箇所を脱リン酸化することが示された。PP5の過剰発現によるDNA-PKcsリン酸化の阻害もしくは早期の脱リン酸化は、DNAのend processingを妨害することにより、放射線感受性を高めていると考えられる。また、脱リン酸化されることによりDNA-PKcsの再利用が可能であるとすれば、PP5が機能せず効率的な脱リン酸化ができない場合、放射線感受性が高められるのかもしれない。しかしながら、Wechslerらは、実験に用いたすべてのサブクローンで、T2609がリン酸化されたDNA-PKcsのフォーカス形成は正常であったため(データ未表示)、生存率の低下は、DSB修復のinitiation以降の事象が原因となっているに違いないと述べている。
 時を同じくして、AliらがPP5がATMの活性化に関与する論文を発表した。PP5は、DNA損傷に依存してATMと相互作用すること、およびPP5のドミナントネガティブもしくはsiRNAによるノックダウンにより、ATMのS1981リン酸化、活性化が抑制されることを示している。
 近年、DSB修復に関連したタンパク質リン酸化酵素であるDNA-PKやATMの機能解析、特に自己リン酸化の意義が明らかにされつつある一方で、脱リン酸化については、必ずしも明確ではなかった。今回の報告により、脱リン酸化酵素であるPP5が、DSB修復および細胞の放射線感受性に極めて重要な役割を果たしていることを示した意義は大きい。

<関連文献>
1)Lees-Miller S.P. and Meek K. Repair of DNA double strand breaks by non-homologous end joining. Biochimie.,85,1161-1173,2003 (Review).
2)Chan D.W., Chen B.P.C., Prithivirajsingh S., Kurimasa A., Story M.D., Qin J. and Chen D.J. Autophosphorylation of the DNA-dependent protein kinase catalytic subunit is required for rejoining of DNA double-strand breaks. Genes Dev.,16,2333-2338,2002.
3)Ding Q., Reddy Y.V.R., Wang W., Woods T., Douglas P., Ramsden D.A., Lees-Miller S.P. and Meek K. Autophosphorylation of the catalytic subunit of the DNA-dependent protein kinase is required for efficient end processing during DNA double-strand break repair. Mol. Cell Biol., 23, 5836-5848, 2003.
4)Douglas P., Moorhead G.B.G., Ye R. and Lees-Miller S.P. Protein phosphatases regulate DNA-dependent protein kinase activity. J.Biol.Chem.,276,18992-18998,2001.
5)Ali A., Zhang J., Bao S., Liu I., Otterness D., Dean N.M., Abraham R.T. and Wang X.F. Requirement of protein phosphatase 5 in DNA-damage-induced ATM activation. Genes Dev.,18,249-254,2004