日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA切断シグナル伝達経路のMissing Link - ATM活性化のメカニズム(2): Mre11/Rad50/Nbs1複合体によるATMの活性化

論文標題 Direct activation of the ATM protein kinase by the Mre11/Rad50/Nbs1 complex
著者 Lee JH, Paull TT.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 304, 93-96, 2004.
キーワード DNA損傷 , ATM , NBS1 , MRN , 細胞周期チェックポイント

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毛細血管拡張性運動失調症(ataxia-telangiectasia: AT)の原因遺伝子ATMは、放射線照射などで生じたDNA二重鎖切断(double-strand breaks: DSB)によって活性化し、細胞周期チェックポイントなど種々の細胞放射線応答の惹起に関与すると考えられている。DSBがいかにしてATMを活性化するかは、現在の分子放射線生物学における最大のmissing linkの一つである。昨年、ATMがSer1981の自己リン酸化によって不活性型のホモダイマーから活性型のモノマーに変換するという論文を紹介させて頂いた。では、DSBがいかにしてSer1981の自己リン酸化を引き起こすのか? 昨年の論文では、DSBそのものではなく、それによって生じたクロマチン構造の弛緩が自己リン酸化を引き起こすという仮説が提唱されたが、依然明らかではない。しかし、Ser1981の自己リン酸化の発見はこの問題の解明への新たな手がかりを与えたことは間違いない。これによりDSBシグナル伝達という複雑な過程をSer1981の自己リン酸化以前と以後に分けて議論することが可能となったのである。
 これによって産み出された新たな展開の一つは、ATMとMre11/Rad50/Nbs1複合体(以下、MRNと略す)との関係である。Nbs1はAT同様、放射線高感受性や染色体不安定性を呈するナイミーヘン染色体不安定性症候群(Nijmegen breakage syndrome:NBS)の原因遺伝子である。また、1999年にAT類似の疾患(AT-like desease: ATLD)でMre11の変異が報告された。更に、同様の疾患でRad50の変異も見つかっているらしい。これらのことから、DNA傷害に対する応答においてATMとMRNが協同して機能している可能性が伺える。実際、2000年から2001年にかけて、複数のグループが、ATMとNbs1が結合していること、ATMがNbs1をリン酸化すること、そのリン酸化がS期チェックポイントに重要であることを相次いで報告した。つまり、MRNがATMの重要標的(の1つ)だということである。その一方で、他のATMの標的分子、例えばp53、Chk2やSMC1のリン酸化がNBS細胞では弱まったり遅くなったりしていること、即ち、MRNがこれらのタンパク質のリン酸化を促進している可能性もしばしば指摘されてきた。このことから、MRNがATMとこれらの分子の相互作用を媒介する可能性とATMの活性化そのものに関わる可能性が考えられるが、その判別は難しかった。
 ATMをクローニングしたShilohのグループのUzielらは、昨年、NBSおよびATLDの細胞で抗癌剤neocarcinostatin(bleomycinと似てDSBを作ることによって抗癌作用を発揮すると考えられている)処理によるATM Ser1981のリン酸化の誘導に異常があることを報告した(1)。また、Weitzmenのグループは、2002年にadenovirusのE1b55kとE4orf6によってMRNの分解が誘導されることを発見したが、その状況下でATMのSer1981のリン酸化おおよび標的分子のリン酸化が抑制されていることを見出し、これをきっかけとして同様のことを示した(2)。更に、先のBakkenistとKastanの論文に対するコメントをつけたLukas、BartekらのグループもNBS1細胞をTERT(テロメラーゼの触媒サブユニット)導入で不死化した細胞を用いて同様のことを示している(3)。これらの研究により、MRNがATMの標的であるばかりでなく、ATMの活性化にも関わることが強く示唆された。

 では、どうやって? 標記の論文では、発現・精製したATM、MRNを用いて、in vitroにおけるATMのリン酸化に対するMRNの作用を調べている。最初に、ATMによるChk2のThr68のリン酸化をMRNが促進することを示した。ATMの活性化はMRNの3つが揃った時に最大であり、MRのみでは弱かった。また、Mre11にATLD患者に見られる2種類の変異を導入したところ、症状が軽い型の変異では正常型とほぼ同程度のリン酸化が見られるのに対して、症状が思い型の変異ではリン酸化が弱かった。また、NBS患者の多くではフレームシフト変異によりN末端を欠損するタンパク質(p70)が発現していることが知られているが、正常型NBS1(p95と呼ばれる)の代わりにp70を含む複合体でもATM活性化が弱かった。更に、ATMによるNBS1のリン酸化部位の1つSer343に変異を加えた複合体ではATMの活性促進がほとんど見られなかった。
 次に、MRNによるATM活性促進効果がChk2に特異的でないことを示すために、p53のSer15のリン酸化に対する影響を見て、ほぼ同様の結果を得ている。ただ一つ異なるのは、p53のSer15のリン酸化は、リン酸化部位変異型のNbs1を含む複合体でも弱いながら促進されたことである。更に、H2AXについても同様の促進効果が見られた。

 ではなぜ促進が起こるのか? これに関して、論文では、ゲル濾過クロマトグラフィーによって、ATMとMRNが結合することを示している。また、ATM活性化が弱かった変異Mre11やNbs1(p70)を含む複合体は、ATMとの結合も弱かった。このことから、MRNがATMに結合して活性化する可能性が示唆される。しかし、結合だけで活性化に十分であるわけでもないようである。リン酸化部位変異型のNbs1を含むMRN複合体は正常型とほぼ同程度にATMと結合していた。また、ATMはNbs1を含まないMRだけの複合体とも結合するし、一方でNbs1タンパク質単独とも結合した。このことから、ATMとMRNのインターフェースは少なくとも複数あると考えられる。更に論文の最後では、MRN存在下で、ATMとChk2あるいはp53との結合が促進されることを示した。これらの情報を総合して、この論文はMRNがATMのコンフォメーション変化を引き起こすことにより、基質分子との親和性を高めるのであろうという仮説を提唱している。
 なお、この系にはDNAは加えられていないことから、この効果はDNAによって媒介されるものではないと考えられ、また、DNAを加えてもATM活性およびMRNによる活性促進に対する影響は見られなかったということである。それならば、DSBによってATMが活性化されるのはなぜか? DSBによって引き起こされた何かの変化がMRNとATMの相互作用を促進するのか? それとも、DSBによる活性化とMRNによる活性促進は別のものなのか? また、関連論文の結果と総合すると、MRNがATMのSer1981のリン酸化を促進するのかどうか非常に興味が持たれるところであるが、この論文では触れられていない。今後の進展が待たれるところである。

<関連論文>
1. Uziel, T., Lerenthal, Y., Moyal, L., Angenko, Y., Mittelman, L. and Shiloh, Y. Requirement of the MRN complex for ATM activation by DNA damage. EMBO 22, 5612-5621 (2003)
2. Carson, C. T., Schwartz, R. A., Stracker, T. H., Lilley, C. E., Lee, D. V. and Weitzman, M. D. The Mre11 complex is required for ATM activation and the G2/M checkpoint. EMBO 22, 6610-6620 (2003)
3. Horejsi, Z., Falck, J., Bakkenist, C. J., Kastan, M. B., Lukas, J. and Bartek, J. Distinct functional domains of Nbs1 modulate the timing and magnitude of ATM activation after low doses of ionizing radiation. Oncogene 23, 3122-3127 (2004)