日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA二重鎖切断損傷時のヒストンH2Bのリン酸化

論文標題 Phosphorylation of histone H2B at DNA double-strand breaks
著者 Fernandez-Capetillo O, Allis CD and Nussenzweig A.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J Exp Med. 199, 1671-1677, 2004.
キーワード DNA損傷 , ヒストン修飾 , DSB , クロマチン , 放射線

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 DNA二重鎖切断損傷(DSBs)は癌化を引き起こすかもしれない染色体異常を引き起こすことことから、哺乳類細胞は損傷が残る細胞を排除する機構とともに、DSBsを正確に修復するシステムをもっている。DSBsを検知して細胞周期チェックポイントやアポトーシス機構にシグナル伝達する過程で機能するATM kinase はserine 1981の自己リン酸化により活性化されるが、ほとんどDSBsが誘導されない状況下でも核内でリン酸化は広く誘導されることがある。このことはATMの活性化はDSBsへの直接的結合よりはクロマチン構造の変化が引き金となることを示唆している。つまり、クロマチンにおけるエピジェネティックな変化がDNA損傷に対する細胞内反応を引き起こすのに重要な役割を果たしているのかもしれない。
 クロマチンの基本構成単位であるヌクレオソームはヒストンH2A, H2B, H3, H4各2分子からなる8量体にDNAが巻き付くことにより構成されている。これらのヒストンタンパク質はアセチル化、リン酸化、メチル化、ユビキチン化、SUMO化などの修飾を受けることから、このような修飾がクロマチン構造変換を経て、転写、DNA修復、複製、アポトーシスを制御することが考えられる。
 これまで哺乳類細胞ではDNA DSBsに関係したヒストンの翻訳後修飾としては唯一ヒストンH2AXのリン酸化(γ-H2AX)が知られていた。ヒストンH2AXはDSBsを囲んで何百万塩基に渡ってリン酸化され、顕微鏡で検出可能な核フォーカスとなる。H2AXのリン酸化と関係したクロマチンリモデリングはV(D)J-あるいはClass-switch recombination 時に誘導されるDSBsからゲノムを保護するのに重要であるが、DSBs部位ではH2AXと相乗的に関係する他のヒストン修飾があるかもしれない。最近DSBs誘導を伴うものも含め、いくつかのアポトーシス刺激により、ヒストンH2BのSerine 14のリン酸化が起こることが報告された。それゆえ、本論文ではDSBs誘導時のヒストンH2BのSerine 14のリン酸化について検討を行っている。
 不死化マウス細胞において免疫染色法でH2B-S14Pフォーカスを検討すると、非照射細胞では一部の細胞で細かなフォーカスが検出されたが、ほとんどの細胞では核全体が弱く染色されていた。10Gy照射4時間後では30%の細胞で大きな放射線誘導性H2B-Ser14Pフォーカス(IRIF)が観察され、その後、フォーカスは次第に減少した。NIH3T3, U2O7, IMR90, HeLa, CHO細胞でも同じ傾向を示した。H2B-Ser14P-IRIFの数は誘導されるDSBsの増加とともに増え、γ-H2AXフォーカスと共局在した。H2B-GFPを使って、照射後のH2Bの局在の変化を検討したが、照射後にH2B-GFPの局在の変化がみられなかったことから、H2B-Ser14P-IRIFの形成はIRに反応して、H2Bプールの分布の変化によるのではなく、何らかの翻訳後修飾によると考えられる。H2B-Ser14P-IRIFは照射後、γ-H2AXよりも遅くれて検出されるが、UV micro-irradiationで局所的に大量のDSBsを誘導すると照射後1分後にはγ-H2AXと同様にH2B-Ser14のリン酸化が照射部位で検出された。しかし、この場合でもH2B-GFPの局在の変化は5時間後まで一切観察されなかった。これらの結果から、H2B-Ser14のリン酸化はDSBs部位で急速に誘導されると考えられる。H2B-Ser14のリン酸化はアポトーシス誘導時にでも起こるが、アポトーシス阻害剤(z-DVED-fmk:カスパーゼ3の活性を阻害、アポトーシス時のH2B-Ser14のリン酸化にはカスパーゼ3の活性が必須)存在下でも、放射線照射後にH2B-Ser14P-IRIFは正常に形成されたことから、アポトーシスとは関係なくDSBs発生時にH2B-Ser14P-IRIFが形成されると考えられる。
 H2BのSer-14残基はATMファミリーキナーゼがリン酸化するSQモチーフと一致しないが、ATMファミリーキナーゼを阻害できる濃度のWortmanninで前処理するとH2B-Ser14P-IRIFの形成は完全に阻害された。また、H2B-Ser14P-IRIFの形成にH2AXが必要とするかを、H2AX-/-マウス細胞で検討すると、H2AX-/-細胞でも非照射の場合の染色パターン、照射後のH2B-Ser14のリン酸化のレベルには影響しなかったが、フォーカス形成はみられなかった。しかし、UV micro-irradiation部位でのH2B-Ser14急速なリン酸化はH2AX-/-細胞でも観察され、この時のリン酸化はATM-Chk2, ATR-Chk1には依存していなかった。このことから、H2B-Ser14Pのリン酸化はH2AAXに依存しないが、H2B-Ser14P-IRIFの形成にはH2AXを必要とすることが示唆される。さらに、H2AX-/-脾臓細胞を使って放射線によるアポトーシス誘導時、H2B-Ser14のリン酸化を検討すると、H2AX-/-細胞でもアポトーシスにカップルしたH2B-Ser14のリン酸化は正常に観察され、H2B-Ser14P-IRIFの結果とは異なっていた。
 以上の結果は、放射線照射時、及びUV micro-irradiation領域でのH2B-Ser14のリン酸化はH2AXに依存しないが、H2B-Ser14P-IRIF形成はH2AXに依存していることを示している。フォーカス形成のみがH2AXに依存する原因としては、H2AXのリン酸化がDSB周辺のクロマチン構造に直接的に作用して、DSB損傷の周りのクロマチンを凝縮させることにより、H2B-Ser14Pあるいは他のDNA修復関連遺伝子が濃縮され、フォーカス(IRIF)として検出されるからだと考えられる。また、H2BはS-14のリン酸化により自己凝集する性質をもっており、H2AXと協力してDSB領域でのクロマチン凝縮を促進することも考えられる。このようなH2AXとH2Bの協力したクロマチン凝縮はDNA修復/シグナル機構がDSBsへ接近するのを促進し、またヒストンテイルを修飾する酵素(アセチル化など)の目印となるのかもしれない。また、DNA損傷が残存した場合には、H2AX-S136/139とH2B-S14のリン酸化は、DSBsにより生じたDNA末端が修復されないまま分離するのを防ぐために、ヘテロクロマチン様の状況をつくるように協調して機能するのかもしれない。