日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

食事制限が老化とゲノムストレスに与える影響を考察する

論文標題 Restricted diet delays accelerated ageing and genomic stress in DNA-repair-deficient mice.
著者 Vermeij WP, Dollé ME, Reiling E, Jaarsma D, Payan-Gomez C, Bombardieri CR, Wu H, Roks AJ, Botter SM, van der Eerden BC, Youssef SA, Kuiper RV, Nagarajah B, van Oostrom CT, Brandt RM, Barnhoorn S, Imholz S, Pennings JL, de Bruin A, Gyenis Á, Pothof J, Vijg J, van Steeg H, Hoeijmakers JH.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature. 537(7620):427-431, 2016
キーワード 食事制限 , カロリー制限 , 老化 , ゲノムストレス , DNA修復

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【はじめに】
 老化及び長寿遺伝子として有名なのは酵母Sir2(silent information regulator-2)の哺乳類ホモログであるサーチュインファミリー(Sirt1からSirt7まで7種類が同定されている)があげられる。このうち酵母Sir2と機能が最も似ているとされるSirt1はNAD+依存性タンパク質アセチル化酵素であり、細胞周期、細胞老化、アポトーシスなど生体内の様々な恒常性維持装置として機能している。またゲノム損傷が生じた際にSirt1はE2F1と相互作用し、アポトーシスを誘導する機能を持っている。その他、線虫では長寿に関する変異体(age-1)が同定されるなど、いわゆる長寿遺伝子はエネルギーの代謝や細胞内恒常性維持に関与しながら細胞の老化を制御している。
 一方で食事制限が老化関連疾患(発癌、神経変性疾患、糖尿病等)の発症を抑制する事実が多くの研究結果からあきらかになりつつあり、それらが酵母、線虫、マウス、猿など幅広い生物種を用いた実験によって証明されている。食事制限が老化関連疾患の発症を抑制し、生物の寿命を延長する分子メカニズムは未だ不明な点が多いがGH/IGF1 (Growth Hormone/insulin like growth factor1)とmTOR (mechanistic target of rapamycin)経路の抑制応答が関与しているという報告がある。また、DNA修復欠損マウスにおいてもDNA損傷の蓄積とGH/IGF1経路の抑制についての相関関係が見つかっており興味深い。

 本論文では老化が進むゲノムストレス環境において食事制限が老化抑制効果を持つかどうかを観察するためにDNA修復欠損マウスを用いて老化が遅延するメカニズムについて迫っているので紹介したい。

【食事制限実験によるDNA修復欠損マウスの寿命延長】
 本論文において筆者らは食事制限とゲノムストレスの相関関係を観察するためにErcc1欠損マウスを用いた。ERCC1は転写に共役したヌクレオチド除去修復やクロスリンク修復に関与する因子であり、Ercc1を欠損したマウスは4-6ヶ月程度の短命な寿命の表現型を示す。このErcc1欠損マウスにおいて、7週齢から10%、9週齢から30%の食事制限を実施した。その結果、雌雄両方のマウスで最大約200%の寿命が延長した。また、食事制限以外の要素が寿命延長に関与している可能性を持つために同じ食事制限で異なる動物施設において同様の実験を行ったところやはり30%の食事制限で寿命は180%ほど延長した。さらに他の老化表現型を示すDNA欠損マウスであるXpg欠損マウス(寿命はErcc1欠損マウスよりも短命でおよそ18週齢から22週齢の寿命を示す)でも同様の実験を実施したところ、およそ80%寿命が延長した。Xpg欠損マウスがERCC1欠損マウスよりも食事制限の効果が低いのは食事制限を開始した時点でXpg欠損マウスの方が、老化が進んでいるためであろうと思われた。

【食事制限によるDNA修復欠損マウスの疾患の回避】
 ERCC1は転写共役ヌクレオチド除去修復やDNAクロスリンク修復など複数の修復経路に関与していることからErcc1欠損マウスは様々な疾患に罹患する確率が高い。とりわけErcc1欠損マウスの死亡原因として神経変性疾患が最も重要であるために、筆者たちは食事制限が神経疾患を改善するかを検討した。その結果、食事制限をしたErcc1及びXpg欠損マウスで震え、平衡不全、麻痺などの発症時期が大幅に遅延することがわかった。また、大脳皮質中のニューロン(神経細胞)数も食事制限をしたマウスの方が多かった。以上の結果から食事制限は神経変性疾患の発症を減少させることが示唆された。

【食事制限による分子レベルでの影響】
 では食事制限が実際に分子レベルでどういった生体内の恒常性維持機構に影響を与えているのだろうか?この疑問に答えるために筆者らは野生型自由摂食、野生型食事制限、Ercc1欠損自由摂食、Ercc1欠損食事制限の各11週齢マウスの肝臓のmRNA発現解析を行った。その結果、食事制限をしたErcc1欠損マウスでは1106、野生型マウスでは2704の遺伝子発現に変動がみられた。また、食事制限をしたErcc1欠損マウスはアポトーシスのマーカーであるp53陽性細胞の数が減少している一方でDNA損傷のマーカーであるリン酸化H2AX陽性細胞の数が減少していた。以上の実験結果から筆者らは食事制限によりDNA修復活性が上昇しているのではなく、抗酸化作用やホルモン伝達経路が変化することによってDNA損傷が生じる頻度が減少しているために細胞の恒常性が高く保たれているのではないかという見解を示している。

【おわりに】
 カロリー制限や食事制限が老化を抑制するという研究報告はこれまで多くなされており、特にウィスコンシン大学で実施されたアカゲザルを用いた実験のインパクトが大きい1)。これは20年以上に及ぶ調査の結果、カロリー制限によって老化に伴う脳の萎縮が改善され、寿命が延長したというものである。アカゲザルは酵母や線虫のような動物モデルより寿命に関してもヒトに近いために説得力が大きい(アカゲザルの寿命は30年前後)。本論文ではアカゲザルには及ばないもののやはり同じ哺乳類であるマウスを用いてゲノムストレス下における老化の進行と食事制限について研究を行ったという点で意義が大きい。これらカロリーや食事の制限に関する研究は高齢者の病気や体の衰えを少しでも減らすのに直結する重要な分野である。また、放射線生物学においてもいかにゲノムストレスを軽減するかという観点から学ぶべきことは多い。今後も一連の研究に期待したい。

【参考文献】
1) Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkeys.
Colman RJ, Anderson RM, Johnson SC, Kastman EK, Kosmatka KJ, Beasley TM, Allison DB, Cruzen C, Simmons HA, Kemnitz JW, Weindruch R.
Science. 2009 Jul 10;325(5937):201-4. doi: 10.1126/science.1173635.