日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

二次がんにおける電離放射線の変異シグネチャー

論文標題 Mutational signatures of ionizing radiation in second malignancies
著者 Behjati S, Gundem G, Wedge DG, Roberts ND, Tarpey PS, Cooke SL, Loo PV, Alexandrov LB, Ramakrishna M, Davies H, Nik-Zainal S, Hardy C, Latimer C, Raine KM, Stebbings L, Menzies A, Jones D, Shepherd R, Butler AP, Teague JW, Jorgensen M, Khatri B, Pillay N, Shlien A, Futreal PA, Badie C, ICGC Prostate Group, McDermott U, Bova GS, Richardson AL, Flanagan AM, Stratton MR, Campbell PJ.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Commun. 7:12605, 2016
キーワード 変異シグネチャー , 次世代シークエンス解析 , 体細胞変異

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近年放射線治療の普及による医療放射線被ばくの増加により、放射線治療後の二次がんの発生リスクの増加が懸念されている。
多くの発がん物質は体細胞での変異率を上昇させることでがんを誘導する。また、発がん物質の物理化学的特徴はDNAとの相互作用によりゲノムDNAに特徴的な変異パターンや変異シグネチャーを導くことが知られている。タバコや紫外線というように、既に変異シグネチャーが明らかになっているような発がん物質も存在するが、電離放射線による変異シグネチャーについては未だに明らかになってはいない。
今回紹介する論文でCampbellらは、放射線治療部位に生じた二次がん(放射線関連二次がん)のうち、骨肉腫、紡錘細胞肉腫、血管肉腫、乳がんの4種類で電離放射線による変異シグネチャーを検討し、腫瘍の種類に関わらず電離放射線による2種類の体細胞変異のシグネチャーが見つかったことを報告している。

論文の結果を要約すると
・ 4種類の異なる放射線関連二次がん(骨肉腫、紡錘細胞肉腫、血管肉腫、乳がん)12検体で行った全ゲノムシークエンス解析結果を、3種類の非放射線曝露のがん(骨肉腫、乳がん、遺伝性BRCA1/2欠損乳がん)319検体の解析結果と比較した。その結果、腫瘍の種類に関わらず、放射線関連二次がんで検出された変異でIndel(insertion(挿入) – deletion(欠失))の比率が非放射線曝露のがんと比べ有意に増加していた。また、挿入よりも欠失の比率が有意に高い事が示された。
・ 非放射線曝露のがんでは、ゲノムDNA上の特定のゲノム構造領域で欠失が多く認められたが、放射線関連二次がんでは、欠失領域はゲノム構造に依存せず様々な箇所で検出された。そのため、電離放射線とDNAの相互作用には高次のクロマチン構造などのゲノム構造による影響が少ないことが示唆された。
・ 放射線関連二次がんでは2〜3bp以上の欠失が多く、切断修復部位でのマイクロホモロジーの比率が有意に高かった。そのため、放射線誘発DNA損傷修復における非相同末端結合(NHEJ)とマイクロホモロジーを介した末端結合の関与が示唆された。
・ 放射線関連二次がんでは非放射線曝露のがんと比べ、コピー数の増減を伴わないような均衡型逆位が有意に増加していた。均衡型逆位の範囲は数百〜100Mbpほどで、切断修復部位ではマイクロホモロジーや配列の挿入も観察された。
・ 欠失と均衡型逆位が電離放射線の変異シグネチャーと言えるかどうか確認するため、放射線治療を行った前立腺がんと行っていない前立腺がんで比較を行った。その結果、欠失と均衡型逆位ともに放射線治療を行った前立腺がんで多く見られた。
・ 放射線関連二次がんでのドライバー変異の生成における欠失と均衡型逆位の関与について検討したところ、12検体のうち逆位による生成は1検体、欠失による生成は2検体と、ドライバー遺伝子変異への関与は極めて低い傾向であった。

以上の結果から、Campbellらは電離放射線による変異シグネチャーとして欠失と均衡型逆位を同定した。またドライバー変異との関係から、電離放射線は発がんに寄与することは明らかではあるが、細胞ごとに放射線によって誘導された変異の影響力はそこまで大きくはなく、追加でドライバー変異が要求されるだろうとまとめている。
本論文により電離放射線における変異シグネチャーが同定された。今後もっと多くの種類の放射線関連腫瘍での変異シグネチャーの解析がすすむと、発がん過程での放射線の寄与をより正確に解析できるのではないかと思われる。将来的に、変異シグネチャーにより放射線によって生じたがんのみを正確に推定することができれば、低線量被ばくでの発がんリスク研究なども大きく前進する可能性があるため、今後の展開が期待される。