日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

抗マラリア薬アトバコンは腫瘍内低酸素を軽減することで放射線感受性を上昇させる

論文標題 The anti-malarial atovaquone increases radiosensitivity by alleviating tumour hypoxia.
著者 Ashton TM, Fokas E, Kunz-Schughart LA, Folkes LK, Anbalagan S, Huether M, Kelly CJ, Pirovano G, Buffa FM, Hammond EM, Stratford M, Muschel RJ, Higgins GS, McKenna WG.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat. Commun. 7: 12308, 2016
キーワード 低酸素 , 放射線増感 , 酸素消費速度

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 固形悪性腫瘍では、異常血管による酸素供給量低下と腫瘍細胞の酸素消費量増加が起こることで内部に低酸素領域が生じ、この低酸素領域と治療成績悪化との関連性が示唆されている。低酸素改善の方法として、血管新生阻害剤による血管再構築が以前より用いられているが、他にも腫瘍細胞の酸素消費速度(OCR: oxygen consumption rate)を低下させるという方法も存在する。実際にメトフォルミンというFDA認可の糖尿病薬はOCRを低下させ、低酸素改善を示した薬剤として知られている。しかし、メトフォルミンのOCR低下率は10-20%と低く、より効果的な薬剤が期待されている。その為、Ashtonらのグループはスクリーニング実験を行い、FDA認可の臨床応用可能な薬剤の中から、OCR低下と低酸素改善による放射線増感効果を示すものを探し、本論文で報告した。
 最初に、筆者らはFaDuというヒト下咽頭癌細胞を1697種類のFDA認可薬剤と共に培養し、OCRを測定するというスクリーニング実験を行った。生物学的利用能・毒性・薬物動態などの観点から臨床応用しづらい薬剤や放射線増感剤として既知の薬剤を除いて、最もOCR低下を認めた薬剤がマラリアやニューモシスチス肺炎の治療薬であるアトバコン(Atovaquone)であった。実際に、FaDu、HCT116、H1299などの腫瘍細胞株の3次元スフェロイドを作成したところ中心部にEF5で染色される低酸素領域が生じたが、様々な濃度のアトバコンで24時間処理したところ、FaDuでは20 µMで、HCT116やH1299では30 µMで低酸素領域は完全に消失した。放射線感受性の評価としては、FaDuスフェロイドを30 µMアトバコンで処理しただけでは、その後の腫瘍径の推移はDMSO群と同等であったにも関わらず、アトバコン処理後に放射線10 Gyの照射を加えたところDMSO群と比較して増殖率の減少を認め、アトバコンによる腫瘍内低酸素の改善と放射線感受性の上昇が確認された。
 次に、筆者らはアトバコンがOCR低下をきたす作用機序について検討した。元来、アトバコンは、ユビキノンのアナログとして電子伝達系の複合体IIIを阻害することが知られていた。そのため、筆者らはFaDuにおいて電子伝達系の各複合体特異的な呼吸をOCRで評価することで、アトバコンが複合体IIIを阻害していることを確認した。なお、アトバコンはピリミジン合成経路のジヒドロオロト酸脱水素酵素を阻害するとの報告があるが、ピリミジン合成経路を阻害する他の薬剤ではOCRは低下せず、アトバコンで認められたウリジン三リン酸(UTP)の低下に対して、ウリジンを添加してもOCR低下の改善は認められないことから、ピリミジン合成経路の阻害はOCR低下の原因ではないと思われた。
 次に、マウスへの移植腫瘍を用いてアトバコンの腫瘍内低酸素領域と放射線感受性への影響を確認した。FaDu、HCT116を移植したマウスにアトバコンを7日間経口投与したところ、腫瘍サイズはDMSO投与群と同等であったにも関わらず、DMSO投与群で認められた低酸素領域は消失していた。また、7日間の経口投与後に放射線6 Gyを照射し、さらに3日間アトバコンを投与したところ、DMSO投与群では腫瘍体積500 mm3に薬剤投与開始15.3日目で達したのに対し、アトバコン投与群では同体積に達するのに28.5日要した。なお、非照射群においてはアトバコンの有無による腫瘍増殖に違いはなかった。
 さらに、筆者らはOCR低下が報告されているビグアナイド系糖尿病薬メトフォルミンとアトバコンとの比較を行った。FaDu、HCT116では、メトフォルミン2 mMで処理すると、アトバコン30 µMと同じく、有意にOCR低下やスフェロイド低酸素改善が認められた。それに対して、H1299においては、メトフォルミン2 mMでOCRの有意な低下は認めず、スフェロイド低酸素領域も41.8%の消失にとどまったのに対して、アトバコン30 µMではOCRは有意に低下し、スフェロイド低酸素領域も完全に消失した。マウスへのFaDu移植腫瘍においても、メトフォルミンを7日間投与した群では、低酸素領域がDMSO群と比較して43.1%減少するにとどまったのに対して、アトバコンでは72.1%もの減少を認めた。また、メトフォルミン標準使用量における糖尿病患者での血清最大濃度は10-25 µMであり、糖尿病でないがん患者では2.7-7 µMであるとの報告があることから、上記の2 mMという濃度は臨床的に達成しづらい可能性がある。一方、筆者らの見つけたアトバコンは、ニューモシスチス肺炎でのデータでは投与後1-2週間で血清濃度が65 µM以上に達するとの報告もあることから、既に安全に使われている使用量で低酸素改善が期待できるかもしれない。
 これらの結果から、筆者らがスクリーニング実験で見つけ出したアトバコンは、腫瘍内低酸素を改善することで放射線感受性の増加が期待でき、その上、実際に使用されている薬剤であるため容易に臨床応用可能と言えるだろう。