日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

複製ストレスは造血幹細胞に老化を誘導する

論文標題 Replication stress is a potent driver of functional decline in ageing haematopoietic stem cells
著者 Flach J, Bakker ST, Mohrin M, Conroy PC, Pietras EM, Reynaud D, Alvarez S, Diolaiti ME, Ugarte F, Forsberg EC, Le Beau MM, Stohr BA, Méndez J, Morrison CG, Passegué E
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 512, 198-202, 2014
キーワード 造血幹細胞 , 老化 , 複製ストレス , MCM , 核小体

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 造血幹細胞はin vivoで多くは増殖停止状態にあるが、定期的に自己複製して一定数の幹細胞を維持するとともに、必要に応じて血球系成熟細胞に分化している。このような造血幹細胞がもつ自己複製能及び分化能が個体の老化に伴い減退していくことが以前から知られていた。Lig4遺伝子機能欠損マウスを使った研究から、造血幹細胞におけるDNA損傷(γH2AXをマーカーとして)の蓄積がこのような幹細胞の能力減退の要因だと報告され、このときのDNA損傷の蓄積には酸化ストレスが関係しているとされた(1)。また、健常人においても加齢に伴うγH2AXの蓄積が報告され、この蓄積はDNA修復能の低下やテロメアの短縮とは関係ないと示唆されていた (2)。
 本論文では造血幹細胞における加齢に伴うγH2AXの蓄積の原因について検討を行った。C57BL/6マウスで若い個体(6〜12週齢)と老個体(22〜30週齢)から造血幹細胞を分離して検討すると、以前の報告と同様にγH2AXフォーカスは増加していたが、53BP1、リン酸化ATMフォーカスとは共局在していなかった。また、アルカリコメット法解析でテイルの増加が見られなかった。このような老個体由来幹細胞でもガンマ線照射で誘発されるγH2AXは53BP1フォーカスと共局在し時間経過とともにフォーカスは消失していった。さらにDNA修復関連遺伝子群(相同組換え、非相同末端結合ともに)の発現は老個体由来幹細胞と若齢個体幹細胞とで同レベルであり、老幹細胞でのγH2AXの蓄積はDNA修復能の低下に起因するのではないと考えられた。
 DNA複製のストール・進行阻害による複製ストレス発生によってもγH2AXが誘導されることが知られているので、複製ストレス発生のマーカーとなる一重鎖DNA結合タンパクRPA、ATRキナーゼの制御因子ATRIPについて検討すると、これらのフォーカスは老幹細胞で顕著に増加していた。幹細胞をin vitroで増殖刺激後、チミジン類似体EdUとBrdUで順番にラベルしてDNA複製の進行・完了を検討すると、老幹細胞はS期の割合が低下しているとともにS期完了までの時間の延長、また複製進行も若齢幹細胞と違い一定速度を保てないこともDNAファイバー法で確認された。さらに増殖刺激から時間経過するほどγH2AXとともにリン酸化Chk11(ATRキナーゼに依存)とRPAフォーカスが増大し、染色体断裂も確認され、増殖状態の老幹細胞におけるγH2AXの蓄積は複製ストレスの増大によると示唆された。このような複製ストレス増大の原因を探るために若齢幹細胞、老幹細胞でマイクロアレイ解析を行うと、DNA複製ライセンスファクターであるMCM (Minichromosome maintenance)遺伝子群が発現低下しており、免疫染色法でもMCM4, MCM6蛋白質の減少が確認された。さらに若齢幹細胞でMCM4, MCM6それぞれノックダウンした後にメチルセルロース法で増殖能の低下が見られ、マウス個体で骨髄再構成実験を行うと、骨髄再生能が低下していた。これらの結果からMCMの発現減少がDNA複製進行の障害を生み、結果としてγH2AXの増大へとつながると考えられる。
 増殖停止状態の老幹細胞では大きなγH2AXフォーカスが見られるが、これらのフォーカスはテロメア、セントロメアのマーカーとは一致しなかったが、nucleolinなどの核小体マーカーとは共局在していた。核小体はリボゾーマルDNA(rDNA)の転写や細胞周期の進行で、形成・消失のサイクルを繰り返すが、老幹細胞ではこのサイクルは正常に起こっていた。その一方で47S rRNAの転写は顕著に低下していたが、H3メチル化の分布は老幹細胞でγH2AX陽性の核小体と一致しておらず、転写抑制はH3メチル化によるサイレンシングではないようであった。γH2AXはDNA損傷消失後にはPP4Cによって脱リン酸化されることが知られるが、γH2AXが核小体に局在する老幹細胞ではPP4Cが核内でなく細胞質に分布しているが、若齢幹細胞では常に核内に分布していた。これらの結果から増殖停止状態の老幹細胞ではPP4Cが核内に分布できないために核小体でγH2AXが蓄積しているようであった。
 以上の結果から、老齢個体由来造血幹細胞でのγH2AX蓄積は、増殖状態ではMCM遺伝子群の発現低下による複製進行の異常が複製ストレスとなってATRキナーゼの活性化、H2AXのリン酸化(γH2AX)へとつながると考えられる。一方、増殖停止状態の幹細胞では一次的な自己複製時に核小体内のrDNAで誘発したγH2AXが再増殖停止後、PP4Cが核内局在できないために、脱リン酸化されず蓄積し、このγH2AXの蓄積がrDNA転写に対して抑制的に機能し、結果として、造血幹細胞の機能減退、老化に結びついていると考えられる。しかし、なぜ幹細胞でMCM遺伝子群の発現が抑制されるのか、核小体におけるγH2AXの蓄積の始まりは増殖状態での複製ストレスに起因するのか、γH2AXの核小体でのrDNA転写にサイレンシングに本当に機能するのか、まだまだ多くの解明されるべき謎が残されており、今後の研究の進展が待たれる。

参考文献
1. Nijnik A, Woodbine L, Marchetti C, Dawson S, Lambe T, Liu C, Rodrigues NP, Crockford TL, Cabuy E, Vindigni A, Enver T, Bell JI, Slijepcevic P, Goodnow CC, Jeggo PA, Cornall RJ. DNA repair is limiting for haematopoietic stem cells during ageing. Nature, 447, 686-690, 2007.
2. Rübe CE, Fricke A, Widmann TA, Fürst T, Madry H, Pfreundschuh M, Rübe C. Accumulation of DNA damage in hematopoietic stem and progenitor cells during human aging. PLoS One, 6, e17487, 2011.