日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ZSCAN10の発現によって高齢ドナー由来iPS細胞のゲノム安定性が回復する

論文標題 ZSCAN10 expression corrects the genomic instability of iPSCs from aged donors
著者 Skamagki M, Correia C, Yeung P, Baslan T, Beck S, Zhang C, Ross CA, Dang L, Liu Z, Giunta S, Chang TP, Wang J, Ananthanarayanan A, Bohndorf M, Bosbach B, Adjaye J, Funabiki F, Kim J, Lowe S, Collins JJ, Lu CW, Li H, Zhao R, Kim K
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat. Cell Biol. 19(9):1037-1064, 2017
キーワード iPS細胞 , 老化 , DNA損傷修復 , ゲノム安定性 , ZSCAN10

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[はじめに]
 患者自身の体細胞から作成したiPS細胞によって組織を再生し治療することが可能になると、変性疾患等の高齢患者の治療への応用が期待できる。しかし、高齢ドナーから作成したiPS細胞は若いドナー由来のiPS細胞と比較して、ゲノム安定性、アポトーシス、DNA損傷応答のいずれも低下することが報告されている。2013年から行われた滲出型加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植の臨床試験において、対象患者2人のうち1人から作成したiPS細胞でゲノム不安定性を有することがわかり、移植は行われなかった。本論文では高齢ドナー由来iPS細胞(A-iPSCs)のゲノム不安定性のメカニズム、並びに、ZSCAN10の発現によるA-iPSCsのゲノム安定性の回復が放射線などを用いた実験で報告されており、変性疾患等の高齢患者へのiPS細胞を用いた治療にとって、興味深い発表であるため紹介したい。
[A-iPSCで低下したゲノム安定性、アポトーシス、DNA損傷応答はZSCAN10の発現により回復する]
 まず若いドナーとして新生児マウス由来のiPS細胞(Y-iPSCs)、高齢ドナーとして1.5歳のマウス由来のiPS細胞(A-iPSCs)を作成し、解析を行った。Y-iPSCsと比較してA-iPSCsでは染色体異常が増え、DNA損傷によるアポトーシスの誘導、ATPのリン酸化、H2AXのリン酸化、p53の発現が低下していた。A-iPSCではDNA損傷に対するアポトーシス応答の低下によって、遺伝的異常を有する細胞をより多く生存させていることがわかった。DNA損傷応答の低下やゲノム不安定性に関与し、Y-iPSCsに存在するが、A-iPSCsには存在しない因子があると考え、解析を行った結果、ATM, GSS, p53, PARP, PLK1, ZSCAN4と関係するジンクフィンガー転写因子ZSCAN10を同定した。内在性ZSCAN10の発現はY-iPSCでは高く、A-iPSCでは低いことが確認された。A-iPSCsのリプログラミング時にZSCAN10を発現させると(A-iPSCs–ZSCAN10)、Y-iPSCと同程度まで染色体構造異常の減少、アポトーシスおよびDNA損傷応答は回復した。
[ZSCAN10はGSSを減少しA-iPSCにおけるROS-グルタチオン恒常性を回復する]
 ZSCAN10の標的遺伝子として同定したグルタチオン合成酵素(GSS)は、A-iPSCでは高い発現量であったが、Y-iPSC、A-iPSC-ZSCAN10では発現が低下していた。Y-iPSCsにおいてshRNAによりZSCAN10をノックダウンするとGSSは増加した。グルタチオンはROSのスカベンジャーであり、グルタチオンとROSの恒常性はゲノムの安定性維持に重要である。グルタチオンが減少し恒常性が損なわれるとROSが過剰となりDNA損傷を引き起こす。逆に、過剰なグルタチオンはROSを枯渇し、ROSはDNA損傷応答を誘導する重要なシグナルであるため、ゲノム不安定性を引き起こす。A-iPSCではZSCAN10の発現低下によって過剰のグルタチオンが生成し、グルタチオン-ROS恒常性が損なわれ、DNA損傷応答の低下、ゲノム不安定性が生じていることが示唆された。
 次にヒトのiPS細胞においても同様に調べた。3種類のA-hiPSCクローンのうち2つは、マウスのA-iPSCと同じく、DNA損傷応答、ZSCAN10の低下、GSSの増加、およびゲノム不安定性が示された。しかし、もう1つのクローンはこれらの老化表現型を示さず、正常なDNA損傷応答、ZSCAN10/GSS発現量、およびゲノム安定性を有していた。このようなクローンによる違いは、加齢黄斑変性の臨床試験でも確認されており、遺伝的多型の違いがiPS細胞へのリプログラミングに影響を及ぼすと考えられている。また、A-hiPSCsにおいてGSSをノックダウンするとDNA損傷応答は回復し、Y-hiPSCでGSSを過剰発現するとDNA損傷応答を抑制した。ヒトにおいてもZSCAN10がGSSレベルおよびROS-グルタチオン恒常性を正常化し、DNA損傷応答を調節している事が示唆された。
[ZSCAN10は、ヒトA-hiPSCsにおいてゲノム安定性を維持する]
 A-hiPSCでは全てのクローンで染色体異常または点突然変異があったが、A-hiPSC-ZSCAN10では確認されなかった。A-iPSC作成に用いた線維芽細胞では同様の染色体数異常、点突然変異が見られなかったため、リプログラミングの間に変異が生じた、もしくは、リプログラミング前に低頻度で存在した変異によってリプログラミング選択性や細胞増殖率が高まったと考えられる。リプログラミング中のA-hiPSCにおいてZSCAN10を発現させることによりゲノム安定性を高められる可能性が得られた。

[まとめ]
 本論文では、A-iPSCにおいて発現が低下しているZSCAN10をA-iPSCのリプログラミング中に添加すると、ROS-グルタチオンの恒常性バランスおよびDNA損傷応答を正常化しゲノム安定性が回復することを明らかにした。 また、A-iPSCへZSCAN10を添加すると放射線に対するDNA損傷応答も回復するというデータも示しており、高齢者に対する放射線量治療に対しても応用できる可能性があると思われる。著者らはこの現象にエキソソームが関係することも同時期に発表しており、さらなるメカニズム解明等が進み、将来的な臨床応用に繋がることを期待する。
 余談ではあるが、抗酸化物質として広く応用されているグルタチオンが過剰すぎるとROSが減少しDNA損傷応答が低下するという知見が興味深い。カラダに良いとされている物であっても過剰すぎては弊害が生じ、バランスよく恒常性を維持することが生体にとっては重要であること、カラダに良くないとされている物でも存在意義があるのだと再認識した。