日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射線治療においてAkt阻害はアジュバント(効果補強剤)として腫瘍形成を制御する

論文標題 Akt inhibition improves long-term tumour control following radiotherapy by altering the microenvironment.
著者 Searle EJ, Telfer BA, Mukherjee D, Forster DM, Davies BR, Williams KJ, Stratford IJ, Illidge TM.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
EMBO Mol Med. 9(12):1646-1659, 2017
キーワード 放射線がん治療 , アジュバント , Akt阻害

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【はじめに】
 放射線治療は有効ながん治療法の一つであるが、単独治療のみでは完治しない場合がある。そのため併用療法として化学療法に用いる効果的な化合物の探索は臨床的に重要な課題である。今回紹介する論文はAkt阻害剤であるAZD5363を放射線治療のアジュバント(効果補強材)として使用した際の効果を検証したものである。PI3K/Akt経路は最もよく知られたシグナル伝達経路の一つで、細胞の成長、増殖、血管新生などに関与する。Akt自身はセリンスレオニンキナーゼで下流の因子をリン酸化することにより機能する。少し詳しく説明するとPI3K/Akt経路はRasがホスファチジルイノシトール3キナーゼと会合し活性化することにより、ホスファチジルイノシトール3リン酸が産生され、Aktを細胞膜につなぎとめる。そして、AktがBadを不活化することにより細胞死を抑制し、GSK-3βを不活化することにより細胞増殖を亢進し、mTORを活性化してタンパク質合成を促進させる。このためAkt経路が異常に活性化されると細胞増殖の活性化や細胞死の抑制のために発がんの原因になることが容易に想像される。実際に卵巣がん、リンパ腫、頭頸部がん、大腸がんなどでAktが過剰発現していることが報告されている。逆にいうとAkt経路を阻害すると効果の高い抗がん剤の開発が期待出来る。今回著者らが使用したAkt阻害剤であるAZD5363はAkt1、Akt2、Akt3の三つのアイソフォーム全てのATP競合阻害剤として機能する。ATP競合阻害剤とはATPがキナーゼと結合する際に競合することによりキナーゼとしての機能を阻害するものである。

【結果1:in vitroとin vivoにおける放射線照射とAZD5363処理による併用効果】
 まず著者らは培養細胞を用いてin vitro(試験管内)でAZD5363が放射線感受性を増加させるかを検討した。15種類の様々な組織のがん細胞を用いて検討しているが、結果としてAZD5363それ自体に多少の感受性を示す細胞株は見られたが、放射線照射との併用では感受性は増加しなかった。次にマウスのゼノクラフトモデルを用いてin vivo(生体内)でのAZD5363の放射線増感としての検討を行った。薬剤の処理方法は放射線照射する7日前から毎日薬剤を投与し、放射線照射のタイミングで薬剤投与を終了するネオアジュバント、放射線照射の時点から7日後まで毎日薬剤を投与するアジュバント、放射線照射の前後7日間毎日薬剤投与をする継続投与の3種類で検討された。またがん細胞は頭頸部がん細胞株であるFaDuが用いられ、放射線照射は6Gyの一回照射が試みられた。さて、結果であるが放射線照射のみ、AZD5363投与のみ、ネオアジュバント処理ではほとんど腫瘍のサイズに変化は見られなかったが、継続処理とアジュバント処理では腫瘍サイズの減少がみられ、特にアジュバント処理では顕著に腫瘍サイズの減少が観察された。これらの結果を確認するために他の頭頸部がん細胞株であるPE/CA Pj34細胞株でも同様の実験を行ったが結果は同じであった。ここまでの実験でAZD5363をアジュバントとして使用するとどうやら有用であることが示唆された。

【結果2:AZD5363処理による血管新生および低酸素状態への影響】
 次に著者らはマウスゼノクラフトモデルを用いて放射線照射とAZD5363処理の併用処理による腫瘍サイズ減少効果の原因を調べた。Aktが血管新生に関与することから腫瘍の血管密度をCD31抗体(血管上皮細胞マーカー)を用いて、低酸素状態をPimonidasoleとその抗体を用いて調べた結果、放射線とAZD5363の併用処理細胞では血管密度の減少と、低酸素状態の増加が観察された。そこでこれらの現象がAZD5363単独処理で生じるかを検証したが興味深いことに単独処理では血管密度の減少も低酸素状態の増加もみられなかった。ここまでで、AZD5363の単体での役割が不明なままであるので細胞増殖に及ぼす影響を細胞増殖マーカーKi67抗体を用いて調べた。その結果、AZD5363 処理した細胞では細胞増殖が減少しており、かつKi67陽性細胞とCD31陽性細胞の共染色の結果から、増殖した細胞においては血管密度が減少していることが示された。また、AZD5363の抗増殖効果がマウスゼノクラフトだけでなくヒトの上皮細胞でも効果があることを血管上皮細胞株であるHUVECsを用いて確認している。これらの結果からAZD5363は放射線照射でがん細胞を殺した後に残存するがん細胞の細胞増殖を抑制することにより、アジュバントとしての効果を発揮することが明らかになった。
 最後に放射線治療後に骨髄系の細胞が流入してくることが腫瘍の再形成に関係していることが報告されているので、放射線とAZD5363処理後の骨髄系細胞の数を調べたところ、放射線照射単独と比較して骨髄系細胞が減少していることを確認している。

【まとめ:AZD5363は効果的なアジュバント薬剤か?】
 以上の結果をまとめるとAZD5363は単独使用や放射線照射の前処理(ネオアジュバント)ではほとんど効果がみられないが放射線照射後のアジュバントとしての処理により腫瘍の形成を抑制する効果があることが示された。その原理として放射線照射後にAZD5363処理することにより細胞の増殖を抑えるためであることを明らかにしている。確かにこの効果ではネオアジュバントとしての効果を発揮できないのは納得できる。また、他のAkt阻害剤では単独使用時に血管密度や低酸素状態に影響を与えるのに対し、AZD5363では影響を与えないのも興味深い。薬剤処理のタイミングや回数、濃度等を改良すればAZD5363がよりよいアジュバントとしての可能性を持っている可能性がある。今後の研究に期待したい。