日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

クロマチンリモデリングファクターRSF1はDNA鎖切断時のアポトーシスにおけるp53媒介の転写を制御する

論文標題 Chromatin-remodeling factor, RSF1, controls p53-mediated transcription in apoptosis upon DNA strand breaks
著者 Min S, Kim K, Kim SG, Cho H, Lee Y
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Death Dis. 9: 1079, 2018
キーワード クロマチンリモデリング , DNA損傷 , ゲノム安定性 , アポトーシス , p53

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【背景】
DNA修復経路は内因的および外因的原因によるDNA損傷からゲノム安定を維持するために重要である。真核生物におけるクロマチン構造はDNA損傷修復に対して障壁となるため、適切なDNA損傷修復にはクロマチンリモデリングが必要である。SNF2h ATPアーゼを有するクロマチンリモデリング因子であるRSF1 (Remodeling and spacing factor 1) は、ヌクレオソームのリモデリングを司るISWIファミリーにおいてRSF複合体を形成し、DNA損傷応答にも関与していることが報告されている。しかしながら、DNA損傷時におけるRSF1の分子メカニズムは不明なままである。今回紹介する本論文では、RSF1がDNA損傷時のp53依存的な細胞運命決定に重要であることが示されている。

【RSF1はマウスの神経発生には不必要である】
 著者らはin vivoでのRSF1の機能を調べるために、Rsf1 Loxp / Loxp ; Nestin -Cre (Rsf1 cKO) マウスを作成した。Rsf1 cKOマウスは発生中に神経前駆細胞のRsf1を選択的に排除することができる。Rsf1 cKOマウスは、対照マウス (Rsf1 Ctrl) と同等の寿命や正常な神経解剖学的特徴を持ち、運動失調の兆候も見られなかった。このことは、RSF1が神経発生に必須でないことを示している。

【RSF1は神経発生中のDNA損傷に応答してアポトーシスに関与する】
 DNA損傷応答やDNA損傷修復に必要なタンパク質が発生過程において不活化している場合、内因性DNA損傷、特にDNA鎖切断が見られることがわかっている。著者らは神経発生中に誘導される内因性DNA損傷の修復能力に対するRSF1欠損の影響を調べるために、免疫蛍光染色法でDNA鎖切断マーカーであるγ-H2AX focusを観察したところ、Rsf1 cKOとRsf1 Ctrlの両方でマウス胚の脳にはγ-H2AX focusが存在しなかった。このことは、RSF1欠損はマウスの神経発生中に誘導される内因性DNA損傷に対する正常な修復機構に影響しないことを示唆していた。
 次に、神経発生中の外因性DNA損傷に対するRSF1の役割を調べるために、著者らはエトポシドをマウス胚に投与することによりDNA鎖切断を外因的に導入した。Rsf1 Ctrlにおけるエトポシド処理は発生中の脳、特に神経前駆細胞が脳室帯においてアポトーシスを多く誘導した。一方で、Rsf1 cKOではエトポシド処理で誘導されるアポトーシスが抑制された。また、γ-H2AX陽性細胞数はエトポシド処理後2時間でRsf1 cKOとRsf1 Ctrlで同等であったが、エトポシド処理後12時間ではRsf1 CtrlよりもRsf1 cKOで有意にγ-H2AX陽性細胞が多く残っていた。このことは脳の発生中におけるRSF1欠損が、エトポシドにより誘導されたDNA損傷の修復やアポトーシスの誘導を妨げることを示唆している。

【RSF1 KOは、p53シグナル伝達およびp53誘発細胞死を損なう】
 RSF1がアポトーシスを抑制する機構を研究するために、Rsf1をノックアウトしたU2OS細胞株 (RSF1 KO細胞) を作成した。エトポシド処理による細胞死の誘導はRSF1 WT Ctrl細胞と比較して RSF1 KO細胞で有意に減少しており、in vivoでの結果と同じ現象を示した。
 バイオインフォマティクス解析はRSF1 KO細胞とWT Ctrl細胞の発現が最も異なる遺伝子がp53シグナル伝達経路であることを示した。そこで、エトポシド処理後12時間でのmRNAレベルをリアルタイムqPCRによって測定した結果、RSF1 KO細胞ではWT Ctrl細胞と比較してCDKN1AやBTG2、BAX、BBC3を含むp53標的遺伝子の発現が有意に減少していた。一方、RSF1 KO細胞とWT Ctrl細胞での安定化p53レベルは同等であったことから、p53標的遺伝子発現の有意な減少の原因はp53レベルの減少ではないと考えられる。
 著者らはまた、エトポシド処理後のマウス胚の脳におけるp53標的タンパク質の変化をウェスタンブロットで検討したところ、Rsf1 WTと比較してBAXおよびPUMA、NOXA、p21を含むp53標的タンパク質レベルは、in vitroと同様にRsf1 cKOで低下していた。これらは、DNA鎖切断時におけるp53標的遺伝子の発現とRSF1の間には関連性があることを示唆している。

【DNA損傷時のp53転写活性のRSF1依存性調節】
 DNA損傷に応答して、p53活性はp53標的遺伝子の転写応答を調節する。RSF1がp53活性を調節するかどうかを試験するために、まずWT Ctrl細胞およびRSF1 KO細胞におけるDNA損傷に対するp53の活性を調べた。ルシフェラーゼアッセイによるp53結合性の検証では、エトポシド処理後12時間でのルシフェラーゼ活性は未処理と比較してWT Ctrl細胞で有意に上昇したが、RSF1 KO細胞では上昇しなかった。さらに、クロマチン免疫沈降 (ChIP) によってp53の標的遺伝子プロモーター領域への結合性を評価した結果、WT Ctrl細胞と比較してRSF1 KO細胞では、アポトーシスに関与するBBC3、BAXとNOXAのプロモーター領域への結合が有意に低下していた。この結果は、RSF1がp53の転写活性を調節し、p53の標的遺伝子プロモーター領域への結合に重要な役割を果たしていることを示唆している。
 p53はヒストンアセチルトランスフェラーゼp300と複合体を形成しp53標的遺伝子の転写を調節することが知られている。エトポシド処理後12時間におけるChIPによる実験では、p53標的遺伝子のプロモーターとのp300結合がWT Ctrl細胞と比較してRSF1 KO細胞で減少しており、さらにBBC3プロモーター領域でのヒストンH3のアセチル化もRSF1 KO細胞で減少していた。これらをまとめると、p53標的遺伝子プロモーター領域に対するRSF1およびp300アセチルトランスフェラーゼによるクロマチン修飾が、DNA鎖切断時の適切なp53転写活性に必要であることを示唆している。

【結論】
 in vivoにおけるRSF1は脳の発達および機能に不要であったが、RSF1欠損は脳発生中に外因的に誘発されたDNA鎖切断によって誘導される細胞死の割合を減少させた。同様に、ヒトRSF1欠損細胞株でも細胞死の抑制が確認された。また、in vitroの実験では、RSF1欠損が特にアポトーシスに関連する遺伝子発現を減少させることを示した。この発現の減少は、RSF1欠損がp300によるヒストンH3のアセチル化を抑制し、弛緩しなかったクロマチン構造におけるp53の標的配列への結合性の減少が原因と考えられる。これらのデータは、RSF1がDNA鎖切断によって誘導される適切なp53依存性シグナル伝達に必要であることを実証する。