日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ゲノム不安定性をもたらすEarly replicating fragile site (ERFS)の同定

論文標題 Identification of Early Replicating Fragile Sites that Contribute to Genome Instability.
著者 Barlow JH, Faryabi RB, Callén E, Wong N, Malhowski A, Chen HT, Gutierrez-Cruz G, Sun HW, McKinnon P, Wright G, Casellas R, Robbiani DF, Staudt L, Fernandez-Capetillo O, Nussenzweig A
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell, 152, 620-632, 2013
キーワード early replication fragile site , ERFS , ゲノム不安定性 , DNA複製 , 複製フォーク停止

► 論文リンク

 がん細胞のゲノムには、染色体転座、コピー数の変化、多数のinsertion/deletionなどが存在する。少なくともその一部はがん形質の基盤となるdriver mutationであり、発がんプロセスにおけるゲノム再編成の結果である。ゲノム再編成はおそらくはDNA二重鎖切断DSBとその再結合を介するものであろう。したがって、発がんメカニズムの理解にはDSBの発生機転を理解することが重要と考えられる。広島長崎やチェルノブイリ事故による被爆者、ラドンによる肺がんなどの「放射線発がん」においては、放射線がDSB発生をもたらすであろうが、大多数のがん患者においては放射線の影響は考えにくい。

 ではいかなるメカニズムがDSBをもたらすのか。近年のコンセンサスは、複製中のストレス、特に発がん初期のオンコジン活性化による複製ストレスをゲノム不安定性をもたらす重要な因子と考える。また、Bリンパ球においては、抗体遺伝子の多様化をもたらすAID遺伝子による遺伝子切断が大きな役割を負っている。しかし、B細胞リンパ腫で繰り返し観察される染色体転座部位の多くはAIDのターゲットではなく、これらの転座がどのように発生するのか不明であった。

 今回紹介する論文で米国NIHのAndre Nussenzweigらは、マウスB細胞において複製ストレスによるS期早期でのDNA傷害発生部位を同定し、early replication fragile site(ERFS)と命名した。従来common fragile site (CFS)として知られている染色体脆弱部位は、低容量の複製ポリメラーゼ阻害剤アフィディコリン処理によって染色体切断が観察される領域で、複製後期において複製起点の発火が不十分なため未複製のままM期に突入し、結果として切断が誘発されると考えられている。今回のERFSはCFSとは全く違う部位であり、後述の様々な検討から、B細胞における染色体転座をはじめとしたゲノム再編成と発がん(リンパ腫形成)に大きな役割をはたすことが考えられる。

 彼らは、マウスからB細胞を単離し、サイトカインで刺激して細胞周期回転を開始させ、22時間後にハイドロキシウレア(HU)10mM 添加し6時間培養して、抗RPA抗体によるクロマチン免疫沈降と次世代シーケンサーによる沈降されたDNA配列の同定を組み合わせ(ChIP-seq法)、HUによる複製ストレス部位を網羅的に同定した。HUは細胞内のDNA合成材料であるヌクレオチドを枯渇させ、DNA複製をストップさせる。RPAは停止した複製フォーク部位で露出する一本鎖DNAに結合する。

 ChIP-seq法により明らかにされたRPAの集積するゲノム部位の80%はS期初期に複製される部位と一致し、67%は遺伝子内で、ユークロマチン領域と関連し、それと一致して、転写の活発な部位でもあった。また、この領域にはLINE, SINE,トランスポゾンなどの既知のリピート配列が多くみられた。CFSはATリッチであるが、ERFSはむしろGC含量が優位に多く、CpGアイランドともオーバーラップがみられた。

 さらに、DSBなどのDNA傷害部位との関連が確立しているリン酸化H2AX(γH2AX)抗体でChIP-seqしてみると、γH2AX集積はより広範囲にひろがっていたが、RPA集積部位の93%でオーバーラップしていた。したがって、ERFS部位は、複製フォーク停止とその崩壊によるDNA損傷の部位に相当すると結論された。ERFSには相同組換えに関わるBRCA1や染色体維持に重要なSMC5などの停止複製フォークの再開始に重要とされる因子も集積していた。また、これらの部位の48%には、HU処理せずともRPAなどの集積が自然とみられており、正常の複製中にも複製フォーク停止崩壊が起こりやすい部位と考えられた。

 ゲノムの複製は、おのおの同じタイミングで複製される複数の複製起点を含んだ領域(30-450kb)に分けて行われている。ERFSは、この複製領域に、互いに近接しクラスターとして存在していた。また、RPA/BRCA1/SMC5の結合がもっとも強くみられた15領域のうち、8領域がB細胞リンパ腫で再編成が観察された領域(たとえば後述のBACH2遺伝子)と一致していたことは、特筆すべき重要な点である。

 著者らは、さらにERFSがHU処理によって染色体レベルの断裂が観察されること(S期初期にみられる断裂)、同様の条件ではCFS部位には断裂がみられないこと(CFSではS期後期の複製ストレスで断裂が出現する)、チェックポイントキナーゼのATRの阻害剤処理でERFSとCFS両方の断裂が増大すること、転写活性がERFSでの断裂を誘発すること、C-myc発現による複製ストレスでも断裂が誘発されること、ERFSの脆弱性はAID発現とは関連しないことなど、詳細な解析を加えている。

 また、興味深いことに、G1期において作用すると考えられるAIDを修復欠損のB細胞(53BP1 ノックアウト)に強制発現させDSBを誘発すると、その一部はS期に持ち越されて抗体遺伝子に断裂が認められた。しかもリンパ腫において染色体転座の相手でERFSの一つであるBACH2遺伝子と抗体遺伝子(IgH)との間に転座を検出した。これらのデータから、著者らは、B細胞における転座メカニズムでのAIDの役割に加えて、それを補完するERFSにおける複製ストレスによるDNA損傷の役割を示唆している。

 昨年11月末、京都での放射線生物研究センター国際シンポジウムに招待されたNussenzweig博士は、この論文の内容を印象的に講演した。先端技術「次世代シーケンサ−」(身近になりつつはあるが)を応用したゲノム不安定性と発がん課程の理解へのアプローチとして見事なものである。従来、CFSが複製ストレスにもっとも感受性の高い部位と考えられてきた。今回発見されたERFSは従来の考え方を覆し、新たな発がんと染色体転座のメカニズムを示唆する点できわめて意義深いと思われる。


紹介者:髙田 穣(京都大学 放射線生物研究センター 晩発効果研究部門 DNA損傷シグナル研究分野)