日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

FLASH放射線治療法の神経認知合併症・神経炎症・神経形態への影響

論文標題 Long-term neurocognitive benefits of FLASH radiotherapy driven by reduced reactive oxygen species.
著者 Montay-Gruel P, Acharya MM, Petersson K, Alikhani L, Yakkala C, Allen BD, Ollivier J, Petit B, Jorge PG, Syage AR, Nguyen TA, Baddour AAD, Lu C, Singh P, Moeckli R, Bochud F, Germond JF, Froidevaux P, Bailat C, Bourhis J, Vozenin MC, Limoli CL.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci U S A.116, 10943-10951, 2019
キーワード FLASH(高線量率超短時間照射) , 神経 , 活性酸素 , 炎症 , マウス

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【背景】
 (その1)で紹介した通り、FLASH治療の臨床応用が現実味を帯びてきた中、分子メカニズムについて何か手がかりがないものか調べたところ、興味深い論文が最近スイスグループから報告された。現在、アメリカのスタンフォードとヨーロッパのスイス、フランス、スウェーデンなどがFLASH治療研究を精力的に行っている状況である[1]。
 従来の放射線治療では、線量に比例して神経に悪影響を及ぼすことが知られている[2]。そこで本研究では、C57BL/6Jマウスに対して従来の放射線照射とFLASH照射を行い、神経の全般的な表現型を比較解析することで、FLASH治療の有用性を検証した。

【結果】
 まず、マウスを使って様々な認知関連実験を行ったところ、放射線誘発性の神経認知合併症をFLASH照射が最小限に抑えることがわかった。興味深いことに、FLASH照射時に酸素濃度が高い場合は、神経認知合併症の軽減効果が低減したことから、FLASH照射の有用効果は神経組織の部分的な低酸素分圧とROS生成の減少に依存することが明らかとなった。
 次に、放射線照射による神経炎症の兆候を調べたところ、顆粒神経細胞に対する神経炎症を示すCD68陽性活性化ミクログリアの増加が従来の放射線照射でみられるが、FLASH照射ではこれらの兆候がほとんどみられなかった。
 最後に、放射線照射による神経形態に対する障害性について調べたところ、照射後2-6ヶ月後の長期間に渡って、FLASH照射群では神経形態が有意に保持されることが明らかとなった。
 以上の結果から、FLASH照射が一秒で完了するために、本来であれば放射線を照射して数秒後に発動する生化学的な段階と、数分後に発動する生物学的な段階との連続的な一連の活性化が生じないために、活性酸素が生じにくくなって神経症状が軽くなった、と筆者らは結論づけている。

【考察】
 教科書的には、放射線の総線量が同じであれば、時間が短いといえども最終的な結果はそこまで変わらないと考えられる。しかし、FLASH照射による高線量率短時間照射による予想外のメリットが最近次々に報告されている。今回の報告でも、神経内の酸素分圧が高いとFLASH照射の有益性が低減することから、酸素が介在するとROSの産生が増加して、神経症状が重くなるという結果は興味深い。しかし、もしそうであればFLASH照射によって低酸素状態のがん細胞が選択的に殺される理由は何であろうか?今のところ、生物学的なメカニズムがよく分かっていないが、がん細胞は正常細胞に比べて塊で増殖する傾向があるので、こうした形状がFLASH照射による殺傷効果を受けやすいのかもしれない。
 本研究では、従来の照射法に比べてFLASH照射法では、過酸化水素の濃度が統計的に有意に低くなっている結果から、ROSの効果で神経症状が重くなると述べている。しかし、FLASH照射によってもしっかりと過酸化水素が発生している状況で、神経症状がコントロールレベルにまで長期的に抑えられている結果が驚きである。また、本研究において放射線照射の神経への影響について比較解析を行った線量がほとんど10 Gyであり、実際の放射線治療で使われる線量よりも低い線量であることから、これよりも高い線量での比較解析結果も知りたいところである。
 色々と疑問が尽きないが、従来の放射線治療法に加えて選択肢の一つとしてFLASH治療法が広く認知される日が近い将来くるかもしれない。

【参考文献】
1. Bourhis J, Montay-Gruel P, Gonçalves Jorge P, Bailat C, Petit B, Ollivier J, Jeanneret-Sozzi W, Ozsahin M, Bochud F, Moeckli R, Germond JF, Vozenin MC. Clinical translation of FLASH radiotherapy: Why and how? Radiother Oncol, 139, 11-17, 2019.
2. Moravan MJ, Olschowka JA, Williams JP, O'Banion MK. Cranial irradiation leads to acute and persistent neuroinflammation with delayed increases in T-cell infiltration and CD11c expression in C57BL/6 mouse brain. Radiat Res, 176, 459-73, 2011.