日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

食事に含まれるメチオニンはマウス発がんモデルのがん治療とヒトの代謝に影響を及ぼす

論文標題 Dietary methionine influences therapy in mouse cancer models and alters human metabolism
著者 Gao X, Sanderson SM, Dai Z, Reid MA, Cooper DE, Lu M, Richie JP Jr, Ciccarella A, Calcagnotto A, Mikhael PG, Mentch SJ, Liu J, Ables G, Kirsch DG, Hsu DS, Nichenametla SN, Locasale JW.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature.572(7769): 397-401, 2019
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【背景と目的】
 食事に含まれる栄養素とその代謝は、がん細胞に顕著な影響を及ぼすことが知られている。そのため、カロリー制限をはじめとした食事療法による発がん予防や、がん治療への応用が盛んに研究されているが、食事制限ががんに影響を与えるメカニズムは完全には明らかになっていない。今回著者らは、必須アミノ酸の一つであるメチオニンとその代謝経路である一炭素代謝に着目し、マウスモデルを用いて、短期メチオニン制限による代謝経路への影響および化学療法や放射線療法への影響を検討した。また、著者らはヒトに対するメチオニン制限実験も行い、メチオニン制限による代謝への影響をマウスとヒトの間で比較した。

【結果と考察】
・食事を介したメチオニン制限は急速にメチオニンの代謝を変化させ、ヒト大腸がん移植マウスモデルにおいて腫瘍の成長を抑制した。
 著者らは12週齢のC57BL/6Jマウスに対し、メチオニン含有量が0.86%のコントロール食と0.12%のメチオニン制限食を与え、給餌から21日間、経時的に血漿中の代謝プロファイルを解析した。血漿中のメチオニン関連代謝物のレベルはメチオニン制限後2日以内にコントロール群と比べて有意に低下し、21日間の実験期間中維持された。
 次に、KrasG12A変異を持つCRC119細胞と、NrasQ61K変異を持つCRC240細胞の2種類のヒト由来大腸がんをNSG(NOD.Cg-Prkdcscid Il2rgtm1Wjl/SzJ)マウスに移植した。この大腸がんPDX(patient-derived xenograft)モデルにおいて、腫瘍が触知可能になった段階からメチオニン制限食を与えた結果、制限食を与えられたマウスにおいて、コントロール食を与えられたマウスと比較して腫瘍の成長が抑制された。また、腫瘍を移植する2週間前からメチオニン制限食を与えた場合、2種類のがん細胞ともに、コントロール食を与えられた場合と比較して腫瘍の成長が有意に抑制された。また、腫瘍、血漿、肝臓中の代謝プロファイルを解析した結果、メチオニン関連代謝物のレベルが低下しており、腫瘍の成長抑制に関与していることが示唆された。

・メチオニン制限は大腸がんPDXモデルにおいて5-FU(5- Fluorouracil)による化学療法への感受性を増加させる。
 5-FUは、チミジル酸合成酵素を阻害することにより、DNA合成を抑制する抗がん剤である。著者らは、5-FU耐性を持つCRC119細胞をマウスに移植したPDXモデルを用いて、5-FUとメチオニン制限の併用による腫瘍への影響を解析した。細胞を移植する2週間前からメチオニン制限食を与えた結果、5-FUとメチオニン制限食を併用した実験群では、5-FU処置のみ、あるいはメチオニン制限食摂取のみの群と比べ、腫瘍の成長が有意に抑制され、5-FUとメチオニン制限の間で腫瘍の抑制に相乗効果がみられた。さらに、併用群では腫瘍中のヌクレオチド代謝とレドックスバランスに変化がみられ、腫瘍抑制効果への関与が示唆された。
 次に、13Cで均一に標識されたU-13C-セリンを用いて一炭素代謝のトレーシング行った。その結果、5-FU処置のみの群においてdTTPの減少がみられた。さらに、5-FU処置とメチオニン制限の併用群では、5-FU処置のみの群と比較してdTTPが減少し、メチオニンが増加した。そのため、セリンの代謝におけるメチオニン合成と、5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸のdTMP合成が競合することにより、dTTPが減少することが示唆された。また、5-FUとメチオニン制限の併用による腫瘍抑制の相乗効果は、メチオニン合成の増加による可能性が示された。

・メチオニン制限はRAS変異を持つ肉腫マウスモデルにおいて腫瘍の放射線感受性を増幅する。
 著者らは、FSF-KrasG12D/+;Trp53FRT/FRTマウスにFlpOリコンビナーゼを発現するアデノウイルスを投与し、放射線抵抗性の肉腫を誘発した。また、このマウスモデルを用いて放射線とメチオニン制限の併用によるがん治療への影響を検討した。肉腫が触知可能になった段階で、メチオニン制限とX線20 Gy(線量率3 Gy/min)の局所照射による治療を行った。腫瘍が触知から3倍の大きさまで成長した時点をエンドポイントした場合、メチオニン制限のみの実験群では腫瘍の成長抑制効果がほとんど見られなかった。しかし、放射線療法と併用した実験群では、腫瘍が3倍の大きさになるまでの時間は、(平均17.48日から26.57日と)52%延長した。また、腫瘍中のヌクレオチド代謝とレドックスバランスに変化がみられ、放射線療法とメチオニン制限の併用による腫瘍抑制メカニズムの一端である可能性が示唆された。

・食事によるメチオニン制限の影響はヒトとマウスの間で保存される。
 著者らは、6人(男性1人、女性5人)の健康な中年(平均52歳)に対し、試験前の日常的なメチオニン摂取量の83%制限に相当するメチオニン制限食(約2.92 mg kg-1 / 日)で3週間生活させ、その後血漿中の代謝プロファイルを解析した。その結果、すべての被験者のNucleosides and N-acetylcysteine(NAC)とグルタチオンが減少し、メチル化、ヌクレオチド代謝、トリカルボン酸回路、およびアミノ酸代謝に関連する代謝物が影響を受けた。また、メチオニン制限による血漿中のメチオニン関連代謝物レベルの変化は、健康なヒトとマウスの間で相関がみられ、メチオニン制限による反応が保存されていることが示唆された。
 
【まとめ】
 今回の研究結果から、短期間のメチオニン制限と、がん代謝を標的とする化学療法や放射線療法を併用することで、これらの治療に耐性のある腫瘍の増殖を抑制し、治療効果を改善することが示された。また、著者らは動物実験のみでなく、ヒトにおいてもメチオニン制限実験を行い、メチオニン制限後の反応がヒトとマウスで保存されていることを明らかにしている。動物実験の結果をヒトに外挿できるかどうかは常に議論されている点であり、ヒトへの成果まで確認した著者らの研究は貴重であると考えられる。今後は、本研究で扱ったような放射線治療や化学療法との併用も含め、食事療法のがん治療への応用が進むことが期待される。