日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

がん細胞の染色体の数と構造の不安定性における複製ストレスの役割

論文標題 Replication stress links structural and numerical cancer chromosomal instability.
著者 Burrell RA, McClelland SE, Endesfelder D, Groth P, Weller MC, Shaikh N, Domingo E, Kanu N, Dewhurst SM, Gronroos E, Chew SK, Rowan AJ, Schenk A, Sheffer M, Howell M, Kschischo M, Behrens A, Helleday T, Bartek J, Tomlinson IP, Swanton C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 494, 492-496, 2013
キーワード 染色体不安定性 , CIN , 複製ストレス , MIN , ゲノム不安定性

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 固形がん細胞の重要な形質として、染色体構造異常と染色体数の不安定性がともに見られることが一般的である。このような染色体不安定性(chromosome instability; CIN)は、紡錘糸の染色体への結合不全などの分裂期の異常(mitotic defect)でも、DNA修復や複製の異常などの分裂期前の欠損(pre-mitotic defect)による構造異常でも、染色体分配異常を通じて実験的に引き起こすことができる。しかし、いまだに固形がんでCINが引き起こされるメカニズムは十分に理解されていない。CINは継続的に染色体の全体や部分がダイナミックに獲得されたり失われたりする状態であり、aneuploidyと腫瘍内の多様性(heterogeneity)の根本原因となっている。
 今回紹介するNature論文で英国Cancer Research UKのSwantonらは、大腸直腸がんをモデルとして、CINのメカニズムを検証した。CINが起こっている細胞では、染色体18q領域にコードされるCIN抑制遺伝子の欠失により複製ストレスが亢進し、染色体構造異常の結果として分配異常による染色体数不安定性が起こっていることを見出した。
 大腸直腸がんは、CIN陽性と陰性に大きく分類される。後者はマイクロサテライト不安定性(microsatellite instability: MIN陽性)を伴う。CIN陽性がんは染色体分配エラー率がCIN陰性がんに比較して高かった(median 38% vs 18%)。著者らは、mitotic か、pre-mitoticか、どちらのメカニズムが分配エラーを引き起こしているのかを明らかにするため、高解像度顕微鏡で大腸直腸がんの細胞株を調べた。Anaphase においてセントロメアを欠損した染色体(acentric)や、染色体間のブリッジが観察されるのをpremitoticな異常によるものとし、一方、Lagging chromosome (紡錘糸のmerotellic 結合を反映する)はmitotic defectによるものと考えた。結果として、実際の分配異常のほとんどは、acentricやanaphase bridgeによるものであった。したがって、CIN陽性の大腸直腸がんにおいて、M期自体の異常は低頻度でしか起こっておらず、ほとんどの分配異常は、染色体構造異常によるものであると結論された。
 では、これらの構造異常の原因はなにか。大腸直腸の腺腫adenomaと腺がんadenocarcinomaで複製ストレスによるDNA損傷応答が観察されており、実験的にCIN陰性細胞株(HCT116)に複製ストレスを加えると、染色体構造異常と数の異常がひきおこされた。また、複製ストレスによって、prometaphaseにおけるDNAダメージ(γH2AXにより検出)、ultrafine anaphase bridge (UFB)、G1期における53BP1陽性nuclear bodyなどが誘導される。実際、CIN陽性がん細胞で、これらの指標が有意に高頻度に観察された。
 DNA複製を直接観察するため、DNAファイバー法を行った。CIN陽性がん細胞は、フォーク進行が有意に緩徐であり、姉妹フォーク進行が非対称で、複製フォーク停止が高頻度で起こっていることが判明した。
 さらに複製ストレスの遺伝的基盤を調べた。The Cancer Genome Atlas (TCGA)やCOSMICデータベースに登録されている大腸直腸がんの変異をサーチすると、CIN陽性群で高頻度なのは、ただp53のみであった。しかし、p53変異はCINに対してはその原因とは考えられない。そこで、CIN陽性がん特異的に欠失しているゲノム領域をcomparative genomic hybridization (CGH)によって調べたところ、染色体18q領域が最も高頻度に欠失していた(CIN陽性がんの80%)。腺腫とがん部位が隣接している28例の患者サンプルを調べると、がんの75%でLOH(loss of heterozygosity, コピー数の欠失を意味する)を認めた。この結果は、腺腫からがんへの進展において18qのロスが起こっていることを意味する。
 この18q領域のCIN抑制遺伝子を同定するため、CIN陰性のHCT116 細胞株において18qに存在する94遺伝子をsiRNAによってノックダウンし、染色体分配異常が引き起こされるかどうか調べた。その結果、CIN抑制遺伝子としてPIGN、MEX3C、ZFN516の三つの遺伝子が同定された。siRNAのオフターゲットとして報告されているMAD2とRad51のノックダウンでは、分配異常が起こらないことも確認した。これらの3遺伝子のsiRNA処理では、主にacentricとanaphase bridgeが引き起こされ、さらに染色体構造と数の異常が観察された。また、複製ストレスのマーカーであるprometaphaseのDNAダメージ、G1期53BP1フォーカス、UFBなども高頻度に出現し、DNAファイバー法では複製スピードの低下、姉妹フォーク進行の非対称性も観察された。
 これらのデータは、CIN抑制遺伝子のサイレンシングによって起こる染色体分配異常が複製ストレスによって誘導されていることを示唆する。この仮説をさらに検証するべく、彼らは、HCT116 細胞においてCIN抑制遺伝子をノックダウンし、ヌクレオシドを添加した。ヌクレオシド添加は複製ストレスによるDNA損傷を軽減することが以前示されている。実際この処置により、染色体分配エラーは有意に低下した。またCIN陽性の4つのがん細胞株にヌクレオシドを加えると、分配異常とprometaphaseのDNA損傷を有意に低下させることができたが、CIN陰性がんにおいては変化しなかった。
 以上、データを簡略にまとめてみた。
 今回の論文で、複製ストレスが大腸直腸がんにおける染色体不安定性のメジャーな原因となっていることが示された。CIN陽性がんにおいては、複製フォーク進行が異常となるのみならず、DNAダメージと染色体の構造異常が見られ、それがM期において分配異常を引き起こす。染色体18qの遺伝子がその原因となるが、他にもこういった表現型をもたらす遺伝子が存在する可能性は高い。18qの欠失は他の臓器のがんでも高頻度に認められている。複製ストレスはCINと腫瘍内の不均一性への共通分子基盤として重要と思われる。複製ストレスを将来の治療ターゲットとして、腫瘍の不均一性、ゲノム不安定性、治療への耐性を抑制する方法を開発するのは、合理的アプローチであるかもしれない。
 染色体不安定性を考える上で、mitoticとpre-mitoticという視点は目から鱗で、着実な検討を展開した優れた研究と思われる。ただし、結果はall or none的にクリアカットでもないようで、実際にはもっと複雑なメカニズムが(ただしその貢献がより小さい形で)存在しているのかもしれないと感じる。また、18q領域の3遺伝子はいったい、複製ストレス抑制にどのようなメカニズムで働くのだろうか。優れた研究の例にもれず、この論文も新たな疑問点をいろいろと提起しているようである。

紹介者 高田 穣(京都大学 放射線生物研究センター 晩発効果研究部門 DNA損傷シグナル研究分野)