グルコース欠乏はヒストンアセチル化の阻害により腫瘍細胞選択的にDNA修復を低下させる
論文標題 | Glucose starvation impairs DNA repair in tumour cells selectively by blocking histone acetylation |
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著者 | Ampferl R, Rodemann HP, Mayer C, Tim T, Höfling A, Dittmann K |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiother Oncol. 126(3): 465-470, 2018 |
キーワード | Chromatin relaxation , DNA repair , Glucose starvation , Histone , 放射線増感 |
【はじめに】
がん細胞は好気的解糖系を特徴とする代謝機構を有している。これはワールブルグ効果と呼ばれ、がん細胞では正常細胞と比べてグルコース消費量が多い傾向にあることが知られている。がん治療への抵抗性に解糖系活性の亢進が寄与しているとの報告から、グルコース代謝阻害が治療標的になる可能性が示唆されている。放射線照射後のDNA二本鎖切断修復は多くのエネルギーを必要とする過程であるため、筆者たちは放射線照射とグルコース欠乏を組み合わせることが腫瘍細胞選択的な治療戦略になると考えた。予想通り放射線増感作用が認められたため、筆者たちはその機序についても解析を行った。本研究は全編を通してin vitroで行われた。
【グルコース欠乏処理はがん細胞選択的にDNA修復を阻害し放射線増感作用を示す】
実験にはヒト肺がん由来A549細胞、ヒト頭頸部扁平上皮がん由来FaDu細胞ならびに正常なヒト皮膚線維芽細胞HSF7が使用された。まず筆者たちは、放射線照射後の細胞における代謝の変化を評価した。コンフルエントながん細胞に2 GyのX線を照射すると、細胞内ATP量の減少、グルコース取込みの増加ならびに乳酸産生の増加を示し、解糖系の亢進とATPの枯渇が示唆された。一方、正常な細胞では酸化的リン酸化の亢進が示唆された。
グルコース欠乏が放射線照射後のDNA二本鎖切断修復に及ぼす影響は、γH2AXのfoci数を指標としたDNA二本鎖切断の定量により解析された。グルコース不含の培地によるグルコース欠乏処理とX線照射を併用すると、2 Gy照射後24時間時点のがん細胞におけるγH2AX foci数は通常グルコース濃度 (25 mM) の場合と比べて有意に増加し、DNA修復の阻害が示唆された。これと一致して、グルコース欠乏処理によりがん細胞の放射線感受性は上昇した。正常な細胞ではグルコース欠乏によるDNA修復阻害および放射線増感作用は認められなかった。
正常な細胞ではグルコース欠乏処理の影響が認められなかったのに対し、がん細胞ではDNA修復の阻害および放射線増感作用を認めたことから、グルコース欠乏と放射線照射の併用によってがん細胞選択的に放射線治療の効果を高められる可能性が示唆された。
【グルコース欠乏によるヒストンのアセチル化の減少がDNA修復阻害に寄与する】
続いて筆者たちは、X線照射後任意の時点においてグルコース欠乏処理を中断した場合のγH2AX foci数を評価することで、DNA修復のどの時期にグルコースが必要であるかを調べた。照射24間前からのグルコース欠乏処理後に2 GyのX線照射を行うと、照射後11時間以内にグルコース含有の培地に交換した場合、照射24時間後時点でのγH2AX foci数はグルコースを欠乏させていない場合と同程度のfoci数を示した。一方、照射後13時間以降にグルコースを供給した場合のfoci数はこれらの群よりも有意に増加しており、照射24時間後までグルコース欠乏処理を継続した群と同程度のfoci数を示した。したがって、グルコース欠乏処理は特に、遅い時期のDNA修復に影響していると考えられた。
過去の報告では、ヘテロクロマチンにおけるDNA修復の進行はユークロマチンよりも遅いことが報告されている。また筆者たちのグループは先行研究において、クロマチンリラクセーションに関与するヒストンアセチル基転移酵素Tip60を阻害すると、放射線照射後のATP量減少が抑制されたと報告している。このような知見から筆者たちは、グルコース欠乏によるエネルギー枯渇がDNA修復の前段階であるクロマチンリラクセーションに影響すると考えた。そこで、グルコース欠乏処理と2 GyのX線照射を併用し、クロマチンリラクセーションに寄与すると考えられるヒストンタンパク質のリジン残基 (H3K9およびH4K12) のアセチル化をウエスタンブロッティングで経時的に定量した。がん細胞において、グルコース存在下でX線を照射すると照射13時間後まで経時的にヒストンアセチル化が増加したのに対し、グルコース欠乏下ではX線照射後のヒストンのアセチル化増加が認められなかった。したがって、グルコース欠乏下では放射線照射後のクロマチンリラクセーションが阻害され、これがDNA二本鎖切断修復の低下に寄与したと考えられた。
【おわりに】
本研究により、グルコース欠乏と放射線照射の併用はがん細胞選択的にDNA二本鎖切断修復を阻害し、放射線増感作用をもたらすことが示唆された。このDNA二本鎖切断修復の阻害には、クロマチンリラクセーションに必要なヒストンアセチル化がグルコース欠乏により低下したことが寄与していると考えられた。本研究において筆者たちは解糖系のエネルギー産生に注目した理論を構築しているが、Liuらは解糖系の代謝産物がヒストンのアセチル化を促進すると報告している[1]。したがって、グルコース欠乏時のヒストンアセチル化阻害には、解糖系によるエネルギー産生の低下と解糖系代謝産物の減少の両方が関与しているものと考えられる。実際の臨床では症例によってがん細胞のグルコース依存性が異なると予想され、臨床への応用のためにもin vitroおよびin vivo双方での更なる研究が期待される。
【参考文献】
[1] Liu XS, Little JB, Yuan ZM. Glycolytic metabolism influences global chromatin structure. Oncotarget 2015; 6(6): 4214.