日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ATR 阻害剤は細胞質における核酸感知経路を介して放射線誘発性インターフェロン応答を増強する

論文標題 ATR inhibition potentiates ionizing radiation-induced interferon response via cytosolic nucleic acid-sensing pathways
著者 Xu F, Anthony T, Chunchao Z, Mengfan T, Sriram S, Chao W, Dadi J, Dan S, Huimin Z, Zhen C, Litong N, Yun X, Min H, André N, Junjie C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
The EMBO J. 39: e104036, 2020
キーワード ATR , cGAS/STING , MAVS , radiation , type I interferon

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【背景・目的】
放射線療法はDNA損傷により細胞死や細胞老化を引き起こすため、がん治療に幅広く活用されている。Ataxia-telangiectasia-mutated and Rad3-related protein kinase (ATR)は細胞のDNA損傷応答の重要な調節因子であるため、放射線増感標的として注目されている。ATR阻害剤はG2/Mチェックポイントのバイパスを介してDNA損傷修復を抑制することで放射線増感作用を示し、ATR阻害剤 ADZ6738は、臨床試験において放射線療法の増強作用を有することが明らかになっている。しかし、ATR阻害剤の細胞内プロセスに与える影響の詳細は未だ明らかではない。細胞質での核酸感知機構は、細菌/ウイルス感染感知機構であるだけではなく、自然免疫経路の賦活を介した抗腫瘍作用を示すことが知られている。また放射線療法により自然免疫系で重要なI型インターフェロン(IFN)の産生が亢進することが報告されているが、その分子機構は明らかではない。そこで本研究では放射線によって誘発されるI型IFNに関する詳細な機構を解析した。

【結果】
1. ATR阻害剤を放射線療法と併用した場合に引き起こす細胞応答を調べるため、ヒト乳腺上皮細胞株MCF10AとATR阻害剤AZD6738を用いて、RNAseqにより放射線照射(IR)後の遺伝子発現を網羅的に解析した。その結果、ATR阻害剤は2-20GyのIRにおいて時間および線量依存的に遺伝子レベルでIR誘発性の炎症性シグナル伝達を増強することが確認された。次に、IR(以後、20Gy)とATR阻害剤の併用による炎症性シグナル伝達と細胞周期停止との関連性について検討した。CDK阻害剤を用いてIRとATR阻害剤の併用による細胞周期およびSTAT1発現への影響を調べた。IR単独ではDNA損傷の検知によるG2/Mチェックポイントが機能していると考えられたが、IRと ATR阻害剤の併用ではG2/M停止が抑制された。また、CDK阻害条件ではSTAT1の活性化が減弱したことから、ATR阻害剤により増強されるIR誘発性炎症性シグナル伝達にはATR/CHK1/CDC25C依存性のG2/Mチェックポイント機構が必要であることが示唆された。
2. さらにⅠ型IFNシグナル伝達の制御メカニズムを知るため、ATR阻害剤により増強されるIR誘発性Ⅰ型IFNシグナル伝達に関してdsDNAを感知するcGAS/STING経路、および病原性RNAを感知するMDA5/RIG-I/MAVS経路への依存性を検討した。cGAS/STING経路、MAVS経路に関連する各種ノックアウト(KO)細胞を用いてIR後のIRF3のリン酸化を検討したところ、MCF10A細胞ではMAVS依存性経路が強く関与していることが示唆された。
3. マウス乳がん細胞株4T1細胞とヒト結腸腺がん細胞株MC38細胞を用いてIR照射後におけるIFNβ遺伝子の発現量を調べたところ、ATR阻害剤の用量依存的にIFNβ遺伝子の発現が増強された。4T1細胞におけるIFNシグナル伝達についても、関連する各種KO細胞を用いて発現の程度を検討したところ、cGAS/STING経路の関連が強いと考えられた。一方、MC38細胞におけるIFNシグナル伝達ではcGAS/STING経路とMDA5/RIG-I/MAVS経路両方が関与していると考えられた。さらに複数のヒト腫瘍細胞株を用いて同様に検討したところ、細胞株によりIFNβ産生に対するSTINGとMAVSへの依存性が異なることが明らかとなった。
4. DNA上のdA-dT配列はⅠ型IFN産生の誘導に関与することが知られているため、MCF10A細胞と4T1細胞を用いて、poly(dA-dT)を添加した場合のシグナル伝達について検討したところ、これらのIFN誘導はpoly(dA-dT)を直接感知したcGAS/STING依存性経路によるものであると考えられた。続いて、MCF10Aを用いてATR阻害剤+IRによるTAの繰り返し配列部位でのDNA二本鎖切断(DSB)の起こる割合をマッピングしたところ、ATR阻害剤+IRにおいてATの繰り返し配列部位でのDSBが頻繁に発生していた。また、4T1細胞においてはSting欠損においてIRF3のリン酸化が誘発されなかったが、Mavs欠損においてはIRF3のリン酸化が誘発された。しかし、Mavs欠損におけるIRF3のリン酸化は、AT-richオリゴヌクレオチドまたはnon-AT-richオリゴヌクレオチドの添加による差異は見られなかった。したがって、4T1においてはAT-rich配列の存在の有無には無関係にcGAS/STING経路が活性化され、IFNシグナル伝達が誘発されていることが示唆された。

【まとめ】
 著者らは、これまで研究されてきたIR誘発性自然免疫応答に注目し、ATR阻害剤を併用することでその効果を増強することを示した。また、IRにATR阻害剤を併用した場合に誘発されるIFN応答はcGAS/STING経路およびMAVS経路を介したものであるが、この二つの経路の関連の強さは、ヒトとマウスといった動物種間によるものとは言い切れず、細胞株間によって異なることが示唆された。さらに、AT-richであるDNA損傷を感知するかどうかについても細胞株間によって異なることが示唆された。このようなcGAS/STING経路およびMAVS経路のどちらが優勢な経路であるのか、AT-richであるDNA損傷を感知するかどうかが細胞株間で異なる理由については、未だ明らかではない。このような細胞株間のIFNシグナル伝達の活性化経路の差異を検証することは興味深く、今後の放射線療法のさらなる発展に寄与すると考えられる。