日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

唾液腺の幹細胞/前駆細胞ニッチにおける細胞老化は放射線誘発性の唾液分泌減退の要因となる

論文標題 Cellular senescence contributes to radiation-induced hyposalivation by affecting the stem/progenitor cell niche
著者 Peng X, Wu Y, Brouwer U, van Vliet T, Wang B, Demaria M, Barazzuol L, Coppes RP
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Death Dis. 11(10): 854-864, 2020
キーワード 唾液腺 , 幹細胞 , 細胞老化 , オルガノイド , senolytic薬

► 論文リンク

【背景・目的】
 頭頸部がんに対する放射線治療は、文字通り唾液を分泌する唾液腺の機能障害とそれに伴う口腔乾燥症 (xerostomia) と関連しており、患者のクオリティ・オブ・ライフに影響を及ぼすことがある。しかし、その放射線誘発性唾液腺障害のメカニズムは完全には解明されていない。放射線による DNA 損傷は、細胞周期の恒久的な停止状態である細胞老化を誘導することが知られている。また、老化した細胞は、炎症性サイトカイン、ケモカイン、プロテアーゼ、増殖因子などを分泌する細胞老化随伴分泌現象 (SASP) を伴うことによって、炎症反応の促進や組織機能を低下させていることも知られている。
 こうした背景から、ここに紹介する論文では、マウス唾液腺の幹細胞/前駆細胞ニッチにおける放射線による細胞老化の誘導と、その細胞老化と放射線誘発性唾液腺障害との関連を調べた。

【主な結果】
1) はじめに著者たちは、唾液腺に 15 Gy の X 線を照射して 8 週が経過したC57BL/6 雌マウス (14 週齢) の唾液腺組織標本を作製した。そして、この唾液腺組織の幹細胞/前駆細胞ニッチにおいて、放射線照射による SA-β-gal (senescence-associated beta-galactosidase) 陽性老化細胞が誘導されていることが示された。このとき、リアルタイム PCR による遺伝子発現の解析から、細胞老化に関連する p16 と p21、そして、IL6, Mcp1, Cxcl1 などの SASP 因子の発現も放射線照射によって増加していた。更に、放射線治療を受けた患者の唾液腺組織標本においても p16 陽性の老化細胞が観察された。

2) 次に、マウス唾液腺由来の幹細胞/前駆細胞が自己組織化して形成されるオルガノイド培養の実験系から、X 線照射 (7 Gy) によるオルガノイド内の細胞老化の誘導が観察された。また、組織切片の解析と同様に、放射線照射後に SASP 因子の発現が増加した。放射線照射したオルガノイドの培養から得たコンディション培養液は、別の dish で培養するオルガノイドの形成能を低下させたことから、SASP 因子はオルガノイドの自己複製能を低下させていることも示唆された。

3) 次に、p16 陽性老化細胞の可視化・定量化とその老化細胞を除去することができる 「p16-3MR」トランスジェニックマウス (補足を参照) とオルガノイドモデルを用いて、放射線照射による細胞老化の影響を更に調べた。その結果、放射線照射によって、オルガノイド内で p16 陽性老化細胞が増加していた。更に、ガンシクロビル添加による p16 陽性老化細胞の選択的除去後、オルガノイドを単一細胞に分散させたあと、その単一細胞からオルガノイドを再度形成させた。その結果、オルガノイド形成効率が改善したことから、老化細胞が除去されたことによって幹細胞の自己複製能が促進されたことが示唆された。更に、老化細胞を特異的に死滅させる senolytic 薬として知られる ABT263 (Bcl ファミリータンパク質が標的) による老化細胞除去を行った場合にも、ガンシクロビル添加による p16 陽性老化細胞除去と同様の結果が得られた。

4) 最後に、唾液腺に放射線照射したマウスに ABT263 を経口投与して老化細胞を除去する実験を行った。その結果、Aquaporin 5 陽性の腺房細胞 (唾液を分泌する細胞) の解析などから、ABT263 投与によって放射線照射による唾液腺組織の劣化が軽減した。そして、放射線照射によって減少した唾液分泌量も、ABT263 投与によって増加していた。

【考察・まとめ】
 上記の結果から本論文では、唾液腺の幹細胞/前駆細胞ニッチにおける細胞老化が放射線誘発性の唾液分泌減退の要因となっていることが明らかになった。そして、老化細胞の薬理学的標的化は、放射線誘発性の唾液分泌減退を防ぐための治療戦略となる可能性も示された。一方で、ABT263 の副作用の報告もあるので、その使用については更なる研究も必要である。
 原爆被爆者における唾液腺腫瘍のリスクの増加が知られているが、残念ながら、本論文では唾液腺腫瘍における細胞老化の役割についての記述や考察はなかった。放射線による唾液腺腫瘍発生のメカニズムを調べるために、本論文にあったオルガノイドモデルとマウスモデル、そして、 senolytic 薬が利用できるかもしれない。

【補足】
 p16-3MR (trimodality reporter) トランスジェニックマウスは、細胞老化の誘導に重要な役割を持つp16 遺伝子のプロモーターの下流に、ルシフェラーゼ、赤色蛍光タンパク質 (RFP)、そして、単純ヘルペスウイルス 1 型チミジンキナーゼ (HSV-TK) の融合タンパク質を発現するための遺伝子が導入されている。その結果、このマウスでは、ルシフェラーゼやRFP の発現による p16 陽性老化細胞の可視化・定量化が可能となる。更に、HSV-TK を発現する細胞は抗ウイルス薬のガンシクロビルに感受性を示すので、このマウスへのガンシクロビル投与によって p16 陽性老化細胞が選択的に除去されることになる。