日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

脳微小血管内皮細胞においてコネキシン43チャネルはIP3/Ca2+、ATP、ROS/NOを介して照射誘導のDNA損傷を非照射細胞に伝播する。

論文標題 Cx43 channels and signaling via IP3/Ca2+, ATP, and ROS/NO propagate radiation-induced DNA damage to non-irradiated brain microvascular endothelial cells
著者 Hoorelbeke D, Decrock E, Smet MD, Bock MD, Descamps B, Haver VV, Delvaeye T, Krysko DV, Vanhove C, Bultynck G, Leybaert L
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Death Dis. 11: 194, 2020
キーワード Connexin channel , Bystander effect , Brain microvascular endothelial cells (BMECs) , DNA damage , ATP

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【背景・目的】
 現在のがん放射線治療において腫瘍周辺正常組織への障害はいまだ解決の求められる課題である。特に神経膠芽腫治療の際の脳内の放射線照射は血液脳関門を形成する血管内皮細胞の損傷を引き起こす。また放射線照射された細胞の損傷が周辺の非照射の細胞にも影響を与える現象が知られ、バイスタンダー効果と呼ばれる。バイスタンダー効果は非照射細胞の細胞死、DNA損傷、遺伝子変異を引き起こす可能性がある。しかしながらその詳細なメカニズムは不明なままである。そこで本論文の著者らは細胞間伝達の架橋となるギャップジャンクションおよび細胞膜に発現して細胞のストレスに速やかに応答し開口するヘミチャネルなどを形成するコネキシン43(Cx43)チャネルシグナリングのバイスタンダー効果への関与を検討した。バイスタンダー効果の指標として非照射領域(バイスタンダー領域)のDNA損傷マーカータンパク質であるリン酸化H2AX(γH2AX)の誘導を評価した。
【(主な)結果】
 初めにラット脳血管内皮細胞株RBE4とC57BL/6マウスから精製した初代脳微小血管内皮細胞(pBMECs)にX線を1 Gyの線量で局所照射したところ、照射領域に限らず周辺のバイスタンダー領域にもγH2AXの誘導が認められた。またこの現象はギャップジャンクションやヘミチャネルを形成するコネキシンチャネル阻害剤(Cbx、Gap26、TAT-Gap19)により抑制された。Luciferin-Luciferase反応を用いて細胞外のATP濃度を測定したところ、X線照射後5分でヘミチャネルの開口を介して細胞外にATPが放出されることが示された。さらに細胞内Ca2+濃度の変化を測定したところ、X線照射後にギャップジャンクションやヘミチャネル開口-ATP放出-ATP受容体(P2受容体)を介したバイスタンダー領域のCa2+濃度の上昇が示された。バイスタンダー効果の媒介となる因子として活性酸素(ROS)、一酸化窒素(NO)が知られ、実際にRBE4においてもX線照射5分後のROS産生が示された。X線照射後のバイスタンダー領域のγH2AXの誘導はROSやNOのスカベンジャー(NALC、C-PTIO)により抑制され、また興味深いことに細胞内Ca2+のキレート剤(BAPTA-AM)やP2受容体の遮断薬(PPADS)、さらに小胞体からの細胞質へのCa2+の放出を誘導するIP3受容体の遮断薬(Xesto-C)によっても抑制された。さらにX線照射後のATPの細胞外の放出はBAPTA-AM、NALCやC-PTIOによって抑制された。
 最後にバイスタンダー領域におけるROS、Ca2+、IP3受容体シグナリングの検討を行うため、高分子ROSスカベンジャーであるSOD、非透過性Ca2+のキレート剤BAPTAおよびIP3受容体阻害ペプチドBH4-Bcl2をバイスタンダー領域にのみエレクトロポレーションを用いて導入したところ、X線照射後のバイスタンダー領域におけるγH2AXの誘導は顕著に抑制された。
【考察・まとめ】
 本研究はX線照射後のDNA損傷によって示されるバイスタンダー効果の細胞間コミュニケーションにはコネキシンシグナリングがギャップジャンクションやヘミチャネル、IP3/Ca2+シグナリング、細胞外ATPやROS/NOシグナリングを介することで関与していることを明らかにした。さらに細胞間のシグナルの伝播におけるCa2+のシグナリングにはギャップジャンクションを介したIP3/Ca2+経路とヘミチャネルを介したATPやNOの細胞外放出を利用したパラクリン的な経路が存在することが示された。
 これらをまとめると神経膠芽腫の放射線治療においてバイスタンダー効果を介した腫瘍周辺の血管内皮細胞や神経細胞への障害においてコネキシンシグナリングが深く関与し、これらがバイスタンダー効果のメカニズム解明における重要なカギとなることが期待される。