乳腺上皮細胞およびリンパ球における診断CTスキャンを繰り返した後の持続的なDNA二重鎖切断
論文標題 | Persistent DNA Double-Strand Breaks After Repeated Diagnostic CT Scans in Breast Epithelial Cells and Lymphocytes |
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著者 | Bogdanova NV, Jguburia N, Ramachandran D, Nischik N, Stemwedel K, Stamm G, Werncke T, Wacker F, Dörk T, Christiansen H |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Front Oncol. 11: 634389, 2021 |
キーワード | コンピュータ断層撮影(CT) , 低線量放射線被ばく , DNA二重鎖切断 , DNA損傷応答 |
【背景・目的】
放射線による生物効果はDNA二重鎖切断(DSB)に起因するところが大きいと考えられる。誘発されたDSBは細胞の持つ修復機構により速やかに修復される。しかし、DSBはDNA損傷の中でも修復が最も困難であり、修復エラーによって染色体異常の原因となるため、放射線によるリスクを評価する上で重要な指標となる。他方、低線量被ばくの影響について、通常線量CT検査を受けた患者では、末梢血リンパ球において一過的にDSBが増加することがこれまでに報告されている。また、実際の医療現場においては、患者のフォローアップのためのCT検査が繰り返されることは少なくない。しかし、CT検査のような低線量放射線被ばくの繰り返しがDSBの蓄積やその修復に与える影響については明らかではない。そこで筆者らは、種々の細胞に実際に診断用CT装置を用いたスキャンを繰り返し行い、DSBマーカーであるγ-H2AXと53BP1フォーカス数を経時的に評価することで、DSBとその修復応答に与える影響について比較した。
【方法】
本研究では、ヒト正常乳腺上皮細胞(MCF10A)、トリプルネガティブ乳がん細胞(HCC1395、 HCC1937)、毛細血管拡張性運動失調症の患者由来のリンパ芽球様細胞(HA56)および健常人ドナー由来のリンパ芽球様細胞(HA325)が使用された。細胞の照射には実際の診断用マルチスライスCT装置(GE LightSpeed 16 Slice CT)が用いられた。CTスキャンは胸腹部撮影条件に設定され、標的細胞へ与えられるスキャン一回あたりの線量は20mGy以下(およそ18mGy)と評価された。CTスキャンは6週間間隔(MCF10A細胞はそれぞれ6、 12週間間隔)を空けて、計3回まで繰り返された。また高線量照射と比較するために、乳がん放射線治療と同等の条件下で加速器(Siemens MD-2 accelerator)を用いた2GyのX線照射が別に行われた。照射から最大48時間後までの各エンドポイント、また2、 3回目のCTスキャンの直前に解析のために細胞は分取され、蛍光免疫染色によってγ-H2AXと53BP1の細胞あたりの平均フォーカス数が定量解析された。
【結果】
1) MCF10A細胞に2Gy照射または一回CTスキャンした場合、照射によるDSBが生じ、γ-H2AXおよび53BP1の両フォーカス数は照射0.5時間後で最も高く形成ピークを示した。一回CTスキャンによって誘発された両フォーカス数は2Gy照射のおよそ20〜25%のレベルであった。その後、DSB修復を反映して、両フォーカス数は時間依存的に減少し、照射48時間後でほぼ照射前の状態にまで回復した。また、6週間間隔でCTスキャンを繰り返した場合、両フォーカス数は照射0.5時間後にピークを示し、照射24、48時間後で減少した。しかし、照射48時間後に残存する両フォーカス数は非照射と比べて高かった。また、CTスキャンから6週間間隔を空けた場合でも、両フォーカス数のベースラインは高い状態が持続しており、診断レベルの低線量放射線照射の繰り返しによるDNA損傷の中長期的な蓄積が示唆された。これはCTスキャンの間隔を12週間とした場合にも認められた。
2) HCC1395細胞とHCC1937細胞を用いた検討が行われた。HCC1395細胞とHCC1937細胞はそれぞれDSB修復において重要な役割を果たすBRCA1遺伝子に、HCC1395細胞は加えてDNA損傷修復遺伝子であるNBN遺伝子に変異を有しており、DSBの修復応答に影響を及ぼす可能性がある。2Gy照射または一回CTスキャンした場合、両細胞ともにMCF10A細胞と同様の傾向を示し、照射0.5時間後でγ-H2AXと53BP1の両フォーカス数はピークを示した。この時、一回CTスキャンによって誘発された両フォーカス数は2Gy照射の場合のおよそ30〜35%のレベルであった。しかし、HCC1395細胞とHCC1937細胞は修復タンパク質のフォーカス形成能に異常を示すことから、フォーカス数自体はMCF10A細胞と比べて低かった。その後、両フォーカス数は照射24、 48時間後にかけて減少したが、非照射と比較して有意な高値が持続していた。CTスキャンを繰り返した場合にもこの傾向は認められ、両フォーカス数は全てのエンドポイントでわずかに増加を示し、これは二重変異を持つHCC1395細胞で強く現れた。さらに、両細胞ともCTスキャンから6週間間隔を空けた場合でも、両フォーカス数のベースラインは有意に上昇していた。
3) 放射線感受性を示す毛細血管拡張性運動失調症の患者由来のHA56細胞、健常人ドナー由来のHA325細胞を用いた検討が行われた。2Gy照射した場合、HA56細胞ではHA325細胞と比較して、照射0.5時間後の形成ピークの時点におけるγ-H2AXと53BP1の両フォーカス数は有意に高かった。照射48時間後でも残存する両フォーカス数は有意に高かった。また、一回CTスキャンした場合では、HA56細胞はHA325細胞と同程度の両フォーカス数の形成を示した。照射24時間後で両フォーカス数は減少し、照射48時間後でも残存する両フォーカス数は有意に高い状態であった。この時、HA56細胞における両フォーカス数の減少はHA325細胞に比べて遅れていた。CTスキャンから6週間間隔を空けた場合、両フォーカス数のベースラインはHA56細胞でのみ有意に上昇していた。また、CTスキャンを繰り返した場合、非照射と比べてHA56細胞とHA325細胞はともに照射48時間後まで高いフォーカス数を維持しており、その傾向はHA56細胞でより強まっていた。
4) 最後に、CTスキャンの繰り返しによるDSBの持続が、長期培養に伴う細胞老化に起因するのか、またはCTスキャンの繰り返しが細胞増殖能に影響を与えているのかについてMCF10A細胞を用いて検討が行われた。その結果、CTスキャンの繰り返しが細胞老化や増殖能に影響を与えていることは確認されなかった。CTスキャンの繰り返しによるDSBの蓄積には、細胞老化や細胞増殖能の疲弊(proliferative exhaustion)とは別のメカニズムが関連していることが示唆された。
【まとめ】
In vitroモデルにおいて、γ-H2AXと53BP1フォーカス数を観察することで20mGy未満の低線量放射線がDNA修復経路に与える影響について定量評価することが可能であった。
診断用CTスキャンの繰り返しは、バックグラウンドのγ-H2AXと53BP1レベルの上昇を誘導し、DSB損傷が長期にわたって持続することを示した。筆者らはこの現象を「メモリー効果」と称した。本実験条件下においては正常細胞、ゲノム不安定性を有する細胞でもメモリー効果は認められ、若干ではあるがゲノム不安定性を有する細胞でより強く現れた。メモリー効果は、低線量放射線被ばく後の細胞の応答が長期にわたることを示唆している。