日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA損傷ベースラインは宇宙放射線や放射線治療への耐性を推定する

論文標題 DNA Damage Baseline Predicts Resilience to Space Radiation and Radiotherapy
著者 Pariset E, Bertucci A, Petay M, Malkani S, Macha AL, Lima IGP, Gonzalez VG, Tin AS, Tang J, Plante I, Cekanaviciute E, Vazquez M, Costes SV
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell Rep. Dec 8;33(10):108434 2020
キーワード 宇宙放射線 , 放射線治療 , DNA損傷 , DNA損傷ベースライン

► 論文リンク

【背景・目的】
 民間宇宙旅行の発展など、多くの人々が宇宙に向かう未来が迫る中、宇宙放射線の被ばくによる民間および公的な宇宙飛行士の健康に対する影響を調べることは重要な課題であり、特に宇宙飛行士それぞれが被ばくに対してどの程度の耐性を持つのかを知ることは健康管理を行う上で重要である。地上においても、放射線治療時の分割照射の線量を検討する際にも患者の放射線耐性を知る必要がある。放射線の健康リスクには発がん、免疫不全、循環器疾患、中枢神経不全などが知られており、宇宙飛行士では実際に感染症への高感受性、免疫失調などが報告されている。今回紹介する論文では、これらの免疫疾患や放射線の影響の要因として血液リンパ球へのDNA損傷があるという仮説のもと、健常人ボランティアから採血を行い、末梢血リンパ球のDNA損傷ベースライン(定常状態のDNA損傷数)と様々な放射線の影響(高LET放射線、活性酸素種、免疫サイトカイン)との関連性について調べることで、あらたな放射線感受性モニタリング指標としてのDNA損傷の可能性を検討している。

【結果】
 著者らは、DNA損傷レベルの評価指標として、53BP1(tumor suppressor 53 binding protein 1)の免疫蛍光染色画像の蛍光フォーカスを使用した。まず、DNA損傷ベースラインに影響を与える因子を調べるため、674人の健常なドナーの情報と末梢血リンパ球のDNA損傷ベースラインとの間の相関を調べたところ、性別、BMIには相関がみられなかったが、年齢とCMV(cytomegalovirus:サイトメガロウイルス)の潜伏感染とベースラインとの間には正の相関がみられた。
 次に、がん患者の放射線治療に対する患者の副作用と、DNA損傷ベースラインの関連を調べるため、30人の前立腺がん患者の一回目の放射線分割治療照射前にDNA損傷ベースラインを調べ、その後の陽子線照射治療完了後の副作用の状態によって患者をカテゴリー分け(副作用なし、一般的な副作用、重度の副作用)して、両者の関連を調べた。すると、ベースラインの高い患者ほど、治療後の副作用が重度であることが示唆された。対して、分割照射実施中の放射線量とDNA損傷ベースラインの関連を調べると、低ベースラインの患者の方が、同線量を照射した高ベースライン患者よりも被ばく時のDNA損傷レベルが高く、放射線への応答性が高いことが示された。
 また、著者らは宇宙放射線を考慮して、放射線の線種の違いに対するDNA損傷ベースラインの影響を調べるため、高、低各ベースラインレベルのドナーの末梢血リンパ球における高線量照射時と低線量照射時のフォーカス数の比が、Fe線、Ar線、γ線によって異なるかを検証したところ、線種による違いは見られなかった。しかし、有意な差は見られなかったものの、同線量を照射した際のDNA損傷レベルが高ベースラインドナーと比較して、低ベースラインのドナーで高かった。
 最後に、宇宙放射線被ばく時の免疫への影響がベースラインによって異なるかを調べるため、宇宙放射線を構成する重粒子線の中でも、生体影響の大きい600MeV/n Fe線に着目し、照射後のPBMC上清のサイトカイン濃度をmultiplex Luminex アッセイを使用して測定し、ベースラインごとに比較した。高ベースラインではほとんどのサイトカインでコントロールと変わらない発現であったのに対し、低ベースラインではコントロールと比較して高い発現を示しており、特にIL-10(インターロイキン-10)、GRO(Growth Related Oncogene:IL-8ファミリー)、IL-6、MCP-3(Monocyte Chemotactic Protein-3)では高い発現を示していた。

【考察・まとめ】
 本研究では、放射線治療においてDNA損傷ベースラインが低い患者ほど、二次的な副作用の影響が低減されることを明らかにし、放射線治療の感受性評価に対して、DNA損傷の評価が有用である可能性を示した。また、宇宙放射線を模擬したFe線照射や、放射線治療時の分割照射中のDNA損傷レベルが低ベースラインドナーで高かったことから、低ベースラインは放射線応答性を高めることを明らかにした。加えて、Fe線照射時のサイトカインレベルが、低ベースライン患者で高まっていたことから、放射線被ばく時の免疫応答が低ベースラインで高まることが示唆された。以上より、著者らは放射線治療や宇宙空間での被ばくに際してDNA損傷レベルのモニタリングが放射線感受性の評価に有用であり、DNA損傷ベースラインの低減策が放射線の健康リスクの低減につながる可能性を示した。