日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA修復と精子形成におけるコアヒストン分解のアセチル化による制御

論文標題 Acetylation-Mediated Proteasomal Degradation of Core Histones during DNA Repair and Spermatogenesis
著者 Qian M-X, Pang Y, Liu CH, Haratake K, Du B-Y, Ji D-Y, Wang G-F, Zhu Q-Q, Song W, Yu Y, Zhang X-X, Huang H-T, Miao S, Chen L-B, Zhang Z-H, Liang Y-N, Liu S, Cha H, Yang D, Zhai Y, Komatsu T, Tsuruta F, Li H, Cao C, Li W, Li G-H, Cheng Y, Chiba T, Wang L, G
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell 153, 1012-1024, 2013
キーワード 精子形成 , ヒストン , プロタミン , ヒストンアセチル化 , 精巣特異的プロテアソーム

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 哺乳類の精子形成過程においては、ヒストンの大部分がプロタミンに置き換えられるが、その機構は明らかになっていない。プロテアソームアクティベータPA200は精巣で特に発現が高く、また、PA200ノックアウトマウスでは精子形成に著しい異常が見られ、雄の生殖能力が低下する。このことから、PA200を含む精巣特異的プロテアソーム(spermatoproteasome)が精子形成に重要な役割を担うことが推察される。Beijing Normal UniversityのQiuらは、PA200を含むプロテアソームが、精巣での精子形成過程、および体細胞でのDNA修復におけるコアヒストンの分解を司ることを見出した。さらに、このコアヒストンの分解がユビキチン化ではなく、アセチル化によって制御されていることを示した。

 最初に、spermatoproteasomeの精製と解析を行った。まず、非変性条件下でのポリアクリルアミド電気泳動の後、蛍光基質(succinyl-LLVY-7-amino- 4-methylcoumarin)を用いてその場(つまりゲル内)でペプチド分解を行わせた。筋肉のプロテアソームでは19S、20S粒子それぞれ1個あるいは19S2個と20S1個を含む2種類の26S粒子が主に見られたが、spermatoproteasomeではこれらと移動度が異なる2種類の粒子が見られた。電子顕微鏡で観察すると、プロテアソームの中心には20Sがあり、その片側あるいは両側に19SあるいはPA200が配置される形となっているが、spermatoproteasomeではPA200を含むものが多かった。質量分析の結果、spermatoproteasomeには筋肉の20S粒子と共通のサブユニット(α1-7、β1-7)に加え、immunoproteasomeの触媒サブユニット(β1i、β2i、β5i)が検出された。また、α4サブユニットと82%の相同性を示すα4 sが新たに見出された。以上のことから、PA200、α4 sおよびimmunoproteasomeの触媒サブユニット群がspermatoproteasomeの主成分であると考えられた。

 では、spermatoproteasomeの機能は何か? どこが他の組織のプロテアソームと異なるか? まず、基質特異性を検討したところ、spermatoproteasomeは筋肉、脾臓のプロテアソームと同程度のヒストン分解活性を示したが、カゼインの分解活性は半分程度であり、RNF5(ユビキチン化されたもの)はほとんど分解できなかった。
 そこで、PA200ノックアウトマウスの精巣におけるヒストンの動態を免疫組織染色およびウェスタン・ブロットにより解析した。正常マウスでは精細胞が伸長する時期にコアヒストンH2BとH3が消失するが、PA200ノックアウトマウスではこれらが残存していた。リンカーヒストンH1の消失には違いが見られなかった。また、精子形成段階でのコアヒストンの除去に先立って、H4のK16のアセチル化が起こることが報告されているが、PA200ノックアウトマウスでは、H4のK16におけるアセチル化が上昇していた。以上のことから、PA200が精子形成段階でのコアヒストンの分解に関わることが明らかになった。
 また、ヒストンの除去は、DNA二重鎖切断生成時にも起こることが知られている。ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のtrichostatin A (TSA)存在下でγ線照射(15Gy)、MMS処理を行うと、H2B、H4の減少が見られた。しかし、PA200ノックアウトマウス由来の細胞では、H2B、H4の減少が認められなかった。さらに、出芽酵母を用いて、DNA二重鎖切断生成時のヒストン分解の解析を行った。野生株では、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のvalproic acid存在下でMMS処理を行うと、H2Bの減少が見られたが、PA200のオルトログであるBlm10変異株では認められなかった。以上のことから、PA200(出芽酵母ではBlm10)が、DNA二重鎖切断生成時に起こるアセチル化依存的なヒストン分解に関わることが明らかになった。

 アセチル化リジン結合モジュールとしてブロモドメインがよく知られている。PA200/Blm10には典型的なブロモドメインは認められないが、2010年に明らかにされたBlm10の結晶構造をよく見ると、ブロモドメインと似た構造―4本のαヘリックス、チロシン、フェニルアラニン、アスパラギンの配置など―を持つ領域(BRDL, bromodomain-like)が見出された。これをもとにPA200の構造を予測すると、やはり同様の構造を持つ可能性が示唆された。
 PA200/Blm10領域をGST融合タンパク質として発現、精製し、ウサギ胸腺由来のヒストンとの結合を調べた。PA200、Blm10とも正常なタンパク質は、Gcn5によるアセチル化依存的にヒストンに結合した。一方、BRDLの中のチロシン、フェニルアラニン、アスパラギンを他のアミノ酸で置換すると結合が失われた。以上のことから、PA200とBlm10のBRDLがアセチル化タンパク質の認識部位であることが強く示唆された。
 さらに、FLAGタグを付けたヒストン(H2B,H3,H4)を一過的に発現し、分解を調べたところ、Blm10欠損株や、BRDLに上記の変異を加えた株では分解が著しく抑制された。一方、19SサブユニットのRpn4、Rpn13欠損株では、野生株とほぼ同等のヒストン分解が認められた。逆に、N末端にユビキチン化モチーフを付けたGFPの分解はRpn4、Rpn13欠損株で低下したが、Blm10欠損株では野生株と同等であった。これらのことから、PA200/Blm10がアセチル化依存的、ヒストン特異的な分解に関わることが明らかになった。

 以上が本論文の概要である。著者が30名以上に及ぶことに現れているように、さまざまな手法、実験系を組み合わせて、PA200を含むプロテアソームの生理的意義と制御機構を明らかにしており、非常に内容の濃い論文である。最初の部分では、筋肉、脾臓、精巣からそれぞれプロテアソームを精製し、電子顕微鏡で観察するなど、古典的とも言える生化学手法を用いている。生理的機能の探究においては、精巣の組織学に酵母の遺伝学を組み合わせ、精子形成過程におけるヒストン―プロタミンの置き換えとDNA二重鎖切断生成時におけるヒストン分解におけるPA200およびBlm10の関与を明らかにしている。さらに、ユビキチン化でなくアセチル化による分解制御という新たなメカニズムとともに、PA200およびBlm10においてアセチル化タンパク質認識モジュールの候補として新たなブロモドメイン様領域を見出している。このように、哺乳類から酵母にわたって真核生物に普遍的に存在するヒストン特異的な分解の生理的意義とその機構を明らかにしたことに大きな意義があると思われる。

(東京工業大学原子炉工学研究所 松本義久)