日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

低線量放射線は、腸内微生物叢によるPA-PYCR1軸を介した高脂肪食誘発代謝障害を悪化させる

論文標題 Low-dose radiation exaggerates HFD-induced metabolic dysfunction by gut microbiota through PA-PYCR1 axis
著者 Ju Z, Guo P, Xiang J, Lei R, Ren G, Zhou M, Yang X, Zhou P, Huang R
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Commun Biol, 5(1): 945, 2022
キーワード 低線量放射線 , 高脂肪食 , 腸内微生物叢 , 代謝障害 , インスリン抵抗性

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【背景・目的】
一般的な代謝障害である肥満、2型糖尿病は、高脂肪食(HFD)や大気汚染、電離放射線など複数の因子が原因となることが知られている。近年、肥満、糖尿病において、微生物代謝産物が重要な役割をもつこと明らかになりつつある。興味深いことに、低線量放射線(LDR)は腸内微生物叢とその代謝産物の組成を変化させることが示唆されている。しかし、LDR被ばくとHFD摂取による腸内微生物叢とその代謝産物の変化が、代謝機能へ与える影響に関する知見は乏しい。そこで本研究は、LDR被ばくのHFD誘発代謝障害への影響とその分子メカニズムの解明を目指した。

【方法】
9週齢の雄C57BL/6 マウスを用い、対照群、HFD(脂肪38%含有)群、γ線0.05 Gyを3日間隔で35回照射したLDR群、LDRとHFDの同時曝露(LDR+HFD)群を設定した。また、LDR+HFD群の一部マウスは、14週目で抗生物質カクテル(アンピシリンナトリウム+ストレプトマイシン+ポリミキシンB硫酸塩)を投与した。さらに、LDR群とHFD群の一部マウスは、ピロリジンカルボン酸(PA)を投与した。7週毎に採血、14または21週目で解剖を行い、血糖値、HOMA-IR(インスリン抵抗性の指標)および肝機能関連パラメーター(アスパラギン酸トランスアミナーゼ 、総コレステロール、トリグリセリド、低密度リポタンパク質)の血中濃度を測定した。また、肝臓、膵臓、褐色脂肪、消化管について、HE染色、タイトジャンクション(TJ)関連タンパク質(オクルディン、ZO-1、E-カドヘリン等)の免疫組織化学染色および電子顕微鏡観察を用いた組織学的解析を行った。21週目で得た糞便中の微生物の16SrRNA 遺伝子アンプリコンシーケンス解析により、腸内微生物の種類を同定した。また、血漿および糞便のメタボローム解析を用いて、LDR+HFDによる代謝障害に関わる代謝産物を探索した。マウスを用いた研究で明らかになった代謝障害の悪化経路を分子レベルで検証するため、細胞株(HCT116、HepG2細胞等)を用い、PA・グルコース添加、PYCR1ノックダウン、0.5 Gy照射後に、ウエスタンブロットによりシグナル伝達関連タンパク質の発現を解析した。

【主な結果】
1.LDRはHFDと相乗作用して代謝障害を悪化させる
LDR+HFD群は、HFD群と比べ、血糖値、HOMA-IR、肝機能関連パラメーターが高値であることが観察された。また、組織学的解析において、LDR+HFD群の肝臓の脂肪蓄積や、褐色脂肪の白色脂肪への変換が認められた。これらの結果から、LDRはHFD誘発代謝障害を部分的に増強し、グルコース恒常性、肝臓および褐色脂肪の機能の調節不全を生じることが示唆された。

2.LDRは腸内微生物叢の再構築を介して、HFD誘発の代謝障害に関与する
抗生物質の投与は、LDR+HFD群のHOMA-IRを減少させることが分かった。また、腸内微生物叢の解析により、LDR+HFD群は、対照群と比べ、アミノ酸・脂質・脂肪酸の生合成や代謝に関わるAlistipes、Odoribacterが増加、Bacteroides、Prevotellaceaeが減少することが分かった。また、メタボローム解析により、LDR+HFD群は、HFD群と比べ、PAが多いことが明らかになった。さらに、LDR+HFD群では、HFD群と比べ、炎症性サイトカインPYCR1の増加とプロリン代謝関連酵素PRODHの減少が認められた。これらの結果から、PAは腸管バリアを介して血中に移動し、PRODH、PYCR1により調節されることが示唆された。

3.腸内微生物叢およびPAはLDRによるHFD誘発の代謝障害を悪化させる
抗生物質投与後のLDR+HFD群において、肝臓の脂肪蓄積や褐色脂肪の白色脂肪化の改善、腸管バリアに関わるTJタンパク質の増加、膵臓のインスリンレベルの増加および炎症性サイトカインの減少が観察された。このことから、腸内微生物叢の除去がHFD誘発インスリン抵抗性に対するLDRの悪化効果を部分的に抑えることが示唆された。一方、PAの投与により、HFD群において、ミトコンドリアの減少や機能不全、TJタンパク質の減少が観察された。また、HCT116細胞において、PAの投与量や時間とTJタンパク質の発現に負の相関を認めた。これらの結果から、PAの投与は、腸管バリアの損傷を介し、血漿にリポ多糖を増加させ、炎症関連代謝障害を誘発することが示唆された。

4. PA-IRS-1/AktシグナルはPYCR1によるインスリン抵抗性を制御する
PAの添加は、HepG2細胞におけるp-IRS1/2、p-PI3K、p-Aktの発現量を減少させ、インスリンシグナル(IRS-1/Aktシグナル)の阻害を示した。グルコース添加および0.5 Gy照射を行ったHepG2細胞では、PYCR1のノックダウン後にp-Akt、IRS-1およびp-IRS-1の発現量が増加し、PYCR1の阻害によるインスリン抵抗性の改善が認められた。これらの結果から、PYCR1 は、 PAによるIRS-1/Akt シグナルの阻害を介して、インスリン抵抗性を引き起こすことが示唆された。

【考察・まとめ】
本研究は、LDRが腸の炎症誘発性効果に加え、腸のバリア欠陥、プロリン代謝異常、腸内微生物叢やメタボロームの変化を促進し、PA-PYCR1軸を介したHFD誘発性肥満・インスリン抵抗性の悪化を生じることを示した。PAを介した Akt/mTOR 経路の阻害は、腸内微生物叢と代謝障害の直接的な関係の可能性があるため、微生物における PA 産生の遮断または増強の代謝への影響を研究する必要がある。PAの標的はAkt/mTORに限らないため、PAの影響を受ける他のシグナル伝達経路の特定により、HFD関連疾患の新規治療標的の同定が期待できる。本研究成果は、LDR被ばくの健康リスクに関し、内分泌系や心血管系等、他の複数の臓器や生体システムへの影響に着目した研究実施の重要性を示す。