日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

密な電離放射線は微小環境を介して悪性度の高いTrp53欠損乳腺腫瘍を促進する

論文標題 Densely Ionizing Radiation Acts via the Microenvironment to Promote Aggressive Trp53-Null Mammary Carcinomas.
著者 Illa-Bochaca I, Ouyang H, Tang J, Sebastiano C, Mao JH, Costes SV, Demaria S, Barcellos-Hoff MH.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Res. 7, 7137-7148, 2014
キーワード 放射線誘発乳腺腫瘍 , Radiation chimera model , densely ionizing radiation , ケラチン , エストロジェン受容体

 乳腺は放射線被ばくにより腫瘍発生リスクが高まる臓器の一つとして知られている。乳腺は主に管腔細胞(luminal cell)と筋上皮細胞(myoepithelial cell)と呼ばれる種類の異なる上皮細胞から構成されており、それ以外に細胞外マトリックスや繊維芽細胞などからなる間質や脂肪組織がそれらの周囲を占めている。古くから腫瘍の起源となる細胞に対し、放射線被ばくなどによる決定的なDNA損傷が引き起こされることで、腫瘍化が引き起こされると考えられてきた。著者らはこれまで、幼若期(3週齢)に乳腺のもとになる部分を含む脂肪体を除去し、10週齢の時点で全身に放射線を照射し、その3日後に成体期p53欠損マウス由来の乳腺組織片を乳腺の脂肪体に移植する(Radiation chimera modelと呼ばれる)と、放射線照射群の乳腺腫瘍発生率とともにその増殖速度が高まることを報告している(Nguyen et al., Cancer Cell, 19, 640-51, 2011)。このことは必ずしも腫瘍の起源となる細胞が放射線被ばくしなくても、周囲の被ばくした微小環境が移植された組織片の細胞に対し、腫瘍化を促進する役割を果たすことを意味している。そのメカニズムとして、著者らは間質から放出されるtransforming growth factor beta(TGFβ)が一つのカギを握っていることを上記の論文中で示している。
 今回紹介する論文では、密な電離放射線(densely ionizing radiation、ここでは荷電粒子線を指す)がどのように微小環境に作用するのか、前述のRadiation chimera modelで同様の検討を行っている。
 本研究ではSi粒子線(350 MeV/amu)を平均線量110、300、810 mGyで用いている。これは著者らによると10μm2あたりそれぞれ1、3、8粒子が通過したことになるとのことである。腫瘍発生率は非照射群、ガンマ線1,000 mGy照射群、Si粒子線照射群でそれぞれ63%、54%、66%であり、有意な違いは見出されなかった。腫瘍触知までの時間の中央値は非照射群、ガンマ線照射群ならびにSi粒子線110 mGy照射群では変化は見られなかったが、Si粒子線300ならびに810 mGy照射群では線量に依存してその時間が短くなった。腫瘍の増殖速度は非照射群に比べ、Si粒子線300ならびに810 mGy照射群では有意に速くなっていた。また、ガンマ線1,000 mGy照射群とSi粒子線110 mGy照射群は潜伏期間や腫瘍増殖速度が同じであったことから、生物学的線量効果比(RBE)は約10であることが示唆される。発生した腫瘍は大部分がadenocarcinomaであり、一部がmetaplastic carcinomaであり、組織学的にはSi粒子線810 mGy照射群でmetaplastic carcinomaが多い傾向にあった。
 ヒト乳腺腫瘍の約70%はエストロジェン受容体(ER)陽性であり、一方でER陰性乳腺腫瘍は予後の悪さと関連していることが知られている。著者らの以前の研究で、Radiation chimera modelにおいて非照射群に比べ、ガンマ線照射群でER陽性乳腺腫瘍が減少し、ER陰性乳腺腫瘍が増加する事が示されている。今回の検討でも同様に、非照射群に比べ、ガンマ線ならびにSi粒子線照射群でER陽性乳腺腫瘍が減少した。ERの状態の違いによる増殖速度への影響は見られなかったが、Si粒子線照射群にできたER陰性乳腺腫瘍の増殖速度は有意にガンマ線照射群や非照射群に比べ、速くなっていた。そして腫瘍の体積もSi粒子線照射群で有意に大きくなっていた。
 腫瘍の(亜)型は腫瘍細胞の起源と関連していると考えられている。前述の筋上皮細胞ではケラチン14(K14)とp63が発現しており、管腔細胞ではK18とステロイドホルモン受容体が発現している。腫瘍のケラチン発現パターンは非照射群と照射群で有意に異なっていた。非照射群由来の多くの腫瘍はK14陽性細胞とK18陽性細胞の両方を含んでおり、照射群ではK18陽性腫瘍が増加していた。ケラチン染色は有意にERの状態と関連している。K14陽性細胞とK18陽性細胞の両方を含む腫瘍は主にER陽性であり、K18陽性腫瘍は主にER陰性である。Si粒子線照射群では特にER陰性腫瘍でK14ならびにK18が陰性となる割合が高かった。K14陽性細胞とK18陽性細胞の両方を含む腫瘍ではなく、K18陽性腫瘍では放射線照射により増殖速度が高まっており、それはSi粒子線照射で顕著であった。そしてK18陽性腫瘍では放射線照射により転移能が高まっていた。これらのことから放射線照射で特定の腫瘍の(亜)型が促進され、さらにSi粒子線照射では腫瘍成長が亢進したことが示唆される。潜伏期、ERの状態などを要素とした判別分析を行ったところ、Si粒子線300ならびに810 mGy照射群に比べ、非照射群、ガンマ線1,000 mGy照射群とSi粒子線110 mGy照射群はそれぞれがより似通っていた。マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析ではK14陽性細胞とK18陽性細胞の両方を含む腫瘍に対し、K18陽性腫瘍においてERBB2、KRASの発現と、E-cadherinが喪失していることが示された。また、マウス乳腺幹細胞のシグネチャーはER陽性腫瘍ではなく、照射されたマウスに発生したER陰性腫瘍でエンリッチされた。非照射群と比べSi粒子線照射群に発生したK18腫瘍では乳腺幹細胞、間質、Notchシグナル経路関連遺伝子がエンリッチされた。
 これらの結果はガンマ線などの疎な電離放射線に加え、Si粒子線という密な電離放射線でも微小環境を介して腫瘍発生作用を高めることを示唆している。前述の通り、本研究では腫瘍発生率は非照射群、いずれの照射群の間でも有意な差は見られていないことから、ここでいう腫瘍発生作用とは、厳密にはSi粒子線による腫瘍の悪性度のみを上昇させる作用を示している。これまで、ラットを用いた重粒子線による乳腺腫瘍発生リスクの検討が行われているが(Imaoka et al., Int J Radiat Oncol Biol Phys., 85, 1134-40, 2013)、そこではある特定の週齢でのガンマ線被ばくに比べ、重粒子線被ばくではより乳腺腫瘍の発生率が高まっていた。これらのことから、微小環境への影響では悪性度が高まるだけで、乳腺腫瘍の発生率上昇には腫瘍の起源となる上皮細胞への放射線の照射が必要となることが考えられるが、詳細は不明である。