日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

キュプロトーシスと代謝リプログラミングを介した、肝細胞癌における放射線増感のための低線量放射線療法の相乗的増強

論文標題 Synergistic enhancement of low-dose radiation therapy via cuproptosis and metabolic reprogramming for radiosensitization in in situ hepatocellular carcinoma
著者 Shao N, Yang Y, Hu G, Luo Q, Cheng N, Chen J, Huang Y, Zhang H, Luo L, Xiao Z
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J Nanobiotechnol 22: 772, 2024
キーワード Cuproptosis , Low-dose radiation therapy , Metabolic reprogramming , Radiosensitization , Mitochondria

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【背景・目的】
がんは世界的な死因の上位を占め、中でも肝細胞がんは予後不良な疾患の一つである。放射線療法は主要な非侵襲的治療法であるが、腫瘍組織の「低酸素環境」や「ミトコンドリア代謝の変化」によって引き起こされる放射線抵抗性が大きな課題となっている。特に、がん細胞は低酸素環境に適応するため、エネルギー代謝を酸化的リン酸化(OXPHOS)から解糖系へとシフトさせ、これが治療抵抗性の一因となると考えられている。一方で近年、銅イオンによって引き起こされるミトコンドリア呼吸依存性の新しい細胞死「キュプロトーシス(Cuproptosis)」が発見され、注目を集めている。本研究で著者らは、このキュプロトーシスのメカニズムに着目し、低線量放射線療法との相乗効果により治療効果を顕著に増強する新規の粒子「HA-PEG@CuO2」を合成・開発した。この粒子は、腫瘍の低酸素環境を逆転させて解糖系依存を抑制し、がん細胞の代謝特性を変化させることでキュプロトーシス感受性を高めることを目的としている。同時に、フェントン様反応およびミトコンドリア障害による活性酸素種(ROS)の生成とグルタチオン(GSH)の枯渇を介して、強力な抗腫瘍効果と放射線増感効果を狙うものである。

【主な結果】
1. 多機能ナノプラットフォームの構築と腫瘍標的能
著者らは、過酸化銅ナノドット(Polyvinylpyrrolidone-coated copper peroxide nanodots)をヒアルロン酸(HA)とPEGで修飾した「HA-PEG@CuO2」の合成に成功した。Western Blotにより、肝がん細胞株SMMC7721においてCD44受容体が高発現していることが確認され、本粒子の取り込みがCD44依存的であることが実証された。この結果より、CD44高発現がん細胞への選択的な送達が期待される。また、この粒子は腫瘍微小環境の条件下で銅イオン(Cu2+)と酸素(O2)を放出する性質を持つ。特に「弱酸性」かつ「高濃度グルタチオン(GSH)」の環境下において、急激な分解と薬物放出(48時間で約76%)が確認された。この二重の応答性により、正常組織への影響を抑えつつ、腫瘍局所で効率的に反応するシステムの構築が示唆された。

2. 低酸素環境の改善と代謝リプログラミング
HA-PEG@CuO2から放出される酸素は、腫瘍内の低酸素環境を効果的に改善することが示唆された。また、RNAシーケンスおよびパスウェイ解析の結果、HA-PEG@CuO2と放射線療法(X線、2 Gy照射)の併用は、HIF-1シグナル伝達経路や解糖系関連遺伝子の発現を抑制した。これは、がん細胞のエネルギー代謝における「解糖系への依存」を脱却させ、ミトコンドリア呼吸主導の代謝へと転換させることを示唆する。さらに興味深いことに、併用療法群ではFoxOシグナル経路の活性化やキュプロトーシスの進行により、最終的にミトコンドリア呼吸鎖複合体やOXPHOS自体も抑制されることが明らかになった。すなわち、「解糖系抑制によりミトコンドリア依存性を高めつつ、キュプロトーシスでそのミトコンドリア機能自体を破壊する」という二段階のプロセスにより、細胞内のATP産生を枯渇させ、放射線増感効果をもたらすメカニズムが示唆された。

3. キュプロトーシス誘導とミトコンドリア機能不全
本粒子は細胞内でフェントン様反応を引き起こし、放射線抵抗性の原因となる抗酸化物質GSHを枯渇させると同時に、反応性の高いヒドロキシラジカルを生成する。さらに、細胞内に放出された銅イオンは、TCA回路の酵素であるDLATの異常なオリゴマー化を誘導し、鉄硫黄タンパク質FDX1の減少を引き起こした。これらはキュプロトーシスの決定的な特徴と考えられる。電子顕微鏡観察では、ミトコンドリアの顕著な腫脹やクリステの消失といった構造破壊が確認された。細胞内のROSレベル上昇については、フェントン様反応による直接的な生成に加え、キュプロトーシスに伴うミトコンドリア機能不全に由来するものも寄与しており、これらが複合的にDNA損傷を増大させることが示された。

4. 診断と治療を統合するデュアルモーダルイメージング
著者らは、HA-PEG@CuO2を治療薬としてだけでなく、画像診断プローブとしての機能面についても評価した。放出されるCu2+の常磁性を利用したT1強調MRIおよび、封入されたインドシアニングリーンによる蛍光イメージングの両方が可能であることが示唆された。担がんマウスを用いた実験では、投与翌日にかけて、腫瘍部位でのシグナル強度の顕著な増強が視覚化された。これらの結果は、本粒子が診断と治療を統合したシステムとして機能し、将来的には薬物動態の可視化に基づいて放射線照射の時期を最適化できる可能性を示唆している。

5. 生体位肝がんモデルにおける相乗的抗腫瘍効果と安全性
臨床像に近い同所性肝がんマウスモデルを用いて治療効果を検証した。著者らは低線量放射線の条件として、1回0.5-2Gyの分割照射を採用した。HA-PEG@CuO2投与と2Gy照射を併用した群では、他の単独治療群と比較して高い腫瘍増殖抑制効果が認められ、腫瘍体積は顕著に減少した。組織解析では、腫瘍内の低酸素改善、DNA損傷の増大、キュプロトーシスの発生が裏付けられた。また、約20日間の観察期間において、マウスの体重減少や主要臓器(心、肝、脾、肺、腎)への顕著な組織学的損傷は見られず、血液生化学検査でも有意な異常値は認められなかった。これらの結果から、本治療法は実験条件下において良好な忍容性と低い全身毒性が示された。

【まとめ】
本研究では、低酸素環境の改善、代謝リプログラミング、およびキュプロトーシス誘導を有機的に統合した、新しい肝細胞がん治療戦略を提示している。開発された「HA-PEG@CuO2」は、腫瘍微小環境に応答して酸素と銅を供給し、がん細胞の代謝を解糖系依存から脱却させるとともに、ミトコンドリア機能を標的としたキュプロトーシスを誘導する。この代謝変容と細胞死誘導のメカニズムは、放射線療法の効果を相乗的に高めることが実証された。診断機能も備えたこのナノプラットフォームは、難治性肝がんに対する低線量放射線療法の効果を相乗的に高める有望な戦略であると、著者らは結論付けている。