腫瘍微小環境におけるミトコンドリア転移を通じた免疫逃避
| 論文標題 | Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment |
|---|---|
| 著者 | Ikeda H, Kawase K, Nishi T, Watanabe T, Takenaga K, Inozume T, Ishino T, Aki S, Lin J, Kawashima S, Nagasaki J, Ueda Y, Suzuki S, Makinoshima H, Itami M, Nakamura Y, Tatsumi Y, Suenaga Y, Morinaga T, Honobe-Tabuchi A, Ohnuma T, Kawamura T, Umeda Y, Nakamura Y, Kiniwa Y, Ichihara E, Hayashi H, Ikeda JI, Hanazawa T, Toyooka S, Mano H, Suzuki T, Osawa T, Kawazu M, Togashi Y |
| 雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature, 638(8049): 225-236, 2025 |
| キーワード | 腫瘍微小環境 , 腫瘍免疫 , ミトコンドリアDNA , 免疫逃避 , 免疫療法 |
【背景】
がん免疫療法は画期的な治療法として期待されているものの、実際には治療効果を得られる患者は全体の一部にとどまり、必ずしも期待されたほど高い効果が得られているわけではない。がん細胞は免疫系の攻撃、特にT細胞(抗腫瘍免疫)による攻撃を回避するため、多様な免疫逃避機構を獲得することが知られている。代謝リプログラミングや腫瘍微小環境における免疫細胞の機能不全は、免疫チェックポイント阻害療法の効果を制限する因子として示されているが、その詳細な分子メカニズムは不明であった。筆者らは、がん細胞から免疫細胞へのミトコンドリアの転移が免疫逃避に寄与する可能性に着目し、T細胞とがん細胞間でのミトコンドリア転移とその機能的影響を臨床検体および実験モデルで解析した。
【がん細胞と腫瘍浸潤T細胞で共有されるmtDNA変異とミトコンドリア輸送】
筆者らは、患者腫瘍由来の腫瘍浸潤リンパ球(TIL)とがん細胞のミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析し、複数例でがん細胞とTILが同じmtDNA変異を共有していることを発見した。さらに、がん細胞とリンパ球の共培養実験で、がん細胞からT細胞へのミトコンドリア移行が観察され、トンネル状ナノチューブによる接触依存的な転移と細胞外小胞(EV)による転移が起こることが示された。
【ミトコンドリアの異常とT細胞機能障害】
腫瘍由来のミトコンドリアを取り込んだTILでは、ミトコンドリアの形態異常や酸化的リン酸化の異常が観察され、ミトコンドリア機能不全となることが示された。またこのようなミトコンドリアを持つT細胞は、免疫機能や記憶形成能が低下し、抗腫瘍免疫応答が損なわれる。これらは、免疫チェックポイント阻害剤(例えばPD-1阻害療法)に対する治療効果の不良とも関連する可能性が示唆された。
【ミトコンドリア転移が免疫逃避に与える影響の機構】
また、がん細胞からT細胞へ移行したミトコンドリアは、機能不全に陥ったミトコンドリアを選択的に分解・除去する仕組みであるミトコンドリア特異的オートファジー(マイトファジー)を受けにくい状態にあることが明らかとなった。この原因の一つとして、がん細胞由来ミトコンドリアと共に転移される脱ユビキチン化酵素USP30が関与している可能性が示唆された。これにより、T細胞内でT細胞由来のミトコンドリアのみがマイトファジーにより分解され、がん由来ミトコンドリアが支配的になるホモプラスミー化が進行しやすくなることが示唆された。
【臨床的意義と治療戦略への寄与】
筆者らは、がん細胞による免疫逃避機構としてのミトコンドリア転移の新たな役割を明らかにした。特にT細胞の抗腫瘍活性が代謝的に阻害されることで、免疫チェックポイント阻害療法の反応性が低下する可能性が示唆される。実際に、mtDNA変異の有無が免疫チェックポイント阻害療法による予後に相関することを明らかにしている。今後、この機構を標的とした新たな治療法(例:ミトコンドリア転移阻害、小胞経路阻害、T細胞代謝再活性化)が免疫療法の効果を高める戦略として期待される。
【まとめ】
本研究では、がん細胞からTILへのミトコンドリア転移がヒト腫瘍において実在し、転移したがん細胞由来ミトコンドリアがT細胞の代謝と機能を損ない、その結果として免疫逃避を促す新規メカニズムを特定した。がん免疫療法の効果を阻害する病態メカニズムとして、細胞間ミトコンドリア転移とその調節因子が重要な役割を果たす可能性が示唆されており、これを標的とする治療戦略の開発が期待される。現在、免疫機構を賦活化させるために、放射線療法と免疫療法を組み合わせた治療戦略が試みられている。しかし、放射線療法が持つ「免疫賦活」の側面だけに期待するのではなく、腫瘍微小環境を通じたがん細胞による代謝的免疫抑制をいかに解除するかが、今後の放射線免疫併用療法の鍵になると考えられる。