日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ウェルナー症候群幹細胞モデルがヘテロクロマチンの変化とヒトの加齢との関係を解き明かした

論文標題 A Werner syndrome stem cell model unveils heterochromatin alterations as a driver of human aging
著者 Zhang W, Li J, Suzuki K, Qu J, Wang P, Zhou J, Liu X, Ren R, Xu X, Ocampo A, Yuan T, Yang J, Li Y, Shi L, Guan D, Pan H, Duan S, Ding Z, Li M, Yi F, Bai R, Wang Y, Chen C, Yang F, Li X, Wang Z, Aizawa E, Goebl A, Soligalla RD, Reddy P, Esteban CR, Tang F, Liu GH, Belmonte JC.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 348, 1160-1163, 2015.
キーワード ウェルナー症候群 , 早老症 , WRN , ヘテロクロマチン , ヒストンH3メチル化

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ウエルナー症候群(Werner Syndrome:WS)は早老顔貌(白髪禿頭)・鳥様顔貌, 白内障, 皮膚萎縮・硬化等の早老症状を示す常染色体劣性劣性遺伝病である。WS由来繊維芽細胞は正常細胞と比べ分裂寿命が短く、分裂に伴うテロメア短縮が早く、紫外線、4NQO、カンプトテシンなどのDNA損傷剤に中程度の感受性を示すことも知られていた。WSの原因遺伝子はReqQヘリカーゼファミリーの一つであるWRNであり、WRNタンパク質は3’→5’ DNA helicase 及び3’→ 5’ exonuclease活性をもち、RPA, Ku70, Ku80, DNA-PKcs, p53, DNA polymeraseδ, BLM, FEN-1, TRF1等の様々なタンパクとインターラクションすることから、DNA複製、修復、テロメアの維持に機能することが示唆されてきている。
 これまでWSの早老症の原因として、Terc (テロメレースのRNAコンポーネント)とのダブルノックアウトマウスを用いた報告などから、テロメア複製・キャッピングの異常による考えられてきた。しかし、WSとともに早老症状を示すHutchinson–Gilford progeria syndromeのiPS細胞を用いた研究でヘテロクロマチン形成異常と早老症状の関係が示唆されたことから(参考文献参照)、著者たちはWSも同様にヘテロクロマチン形成異常により早老症状を示すのではないかと考え、ヒトES細胞でWRN遺伝子のexon 15, 16(helicase ドメインに相当)をノックアウトしたものを作製・分化させたmesenchymal stem cells (MSCs:WSでは間葉系細胞で早老症状が顕著)を用いて、検討を行うこととした。ES細胞からMSC細胞に分化させ継代を続けると、MSC-WRN-/-ではすぐに増殖速度が低下して、老化細胞マーカーβ-gal染色陽性になるとともに、γH2AX、53BP1フォーカスが形成され、DNA損傷が蓄積していることが示唆された。このとき、ヘテロクロマチン形成されるセントロメア、サブテロメア領域で、ゲノムコピー数の異常な変動が見られた。さらに核の肥大化、核内膜に結合したヘテロクロマチン形成も不完全であり、MSC-WRN-/-ではヘテロクロマチン形成に異常があることが示唆された。
 ヘテロクロマチン形成にはヒストンH3-K9me3(トリメチル化)が関わるが、MSC-WRN-/-で低下していることが、クロマチン免疫沈降法(ChIP)で明らかとなり、その低下はセントロメア、サブテロメア領域で顕著であった。このメチル化は遺伝子発現の制御にも重要なことが知られるが、正常MSCと比べてMSC-WRN-/-では1047個の遺伝子変化が見られ、その中でセントロメアパッケージングに関わる遺伝子、核膜構成因子遺伝子の発現低下が顕著であった。
 WRNがヘテロクロマチン形成に関与するのであれば、ヘテロクロマチン形成されるセントロメア領域にも蓄積すると考えられるのでChIPで検討すると、正常MSCではヒストンH3-K9me3とともにWRNもセントロメア領域に蓄積していた。ヒストンH3-K9me3のメチルトランスフェラーゼはSUV39H1であることが知られるが、WRNはSUV39H1と結合することが免疫沈降法で確認され、SUV39H1あるいはHP1α(H3-K9me3に依存して蓄積してヘテロクロマチンを形成)をsiRNAでノックダウンしたMSC細胞はβ-gal染色陽性とp16発現上昇という細胞老化症状を示した。また、MSC-WRN-/-ではH3-K9me3の低下とともにSUV39H1、ヘテロクロマチン形成因子のHP1α、LAP2βが低下していたが、MSC-WRN-/-にHP1αを過剰発現させることにより、細胞老化症状が部分的にレスキューできた。SUV39H1のメチルトランスフェラーゼ活性を欠くSUV39H1-H324Kを発現するES細胞を作製し、MSCに分化させると、MSC- SUV39H1-H324K細胞は核肥大、核内膜へテロクロマチン形成不全を示し、細胞増殖の著しい低下、βgal染色陽性と細胞老化にいたり、H3-K9のトリメチル化によるヘテロクロマチン形成が早期老化の防御に重要であると示唆された。この論文最後の解析として、様々な年齢の健康な人から間葉系細胞を準備してウエスタンブロットで検討すると、WRNの発現が消失するとともに、H3-K9me3が低下し、SUV39H1、HP1α、LAP2βも著しく減少しており、正常人の老化においても、WRN発現の消失が加齢の引き金となることが示唆され、ウエルナー症候群の早老症状のメカニズムを説き明かしうる、興味深い論文であった。ただ、この論文ではヘテロクロマチン形成不全がなぜDNA損傷蓄積に結びつくのか、テロメア短縮とヘテロクロマチンとの関係は述べられておらず、老化のメカニズムにはまだ解き明かされていない謎が残っており、今後の研究の進展を期待したい。
<参考文献>
Liu GH1, Barkho BZ, Ruiz S, Diep D, Qu J, Yang SL, Panopoulos AD, Suzuki K, Kurian L, Walsh C, Thompson J, Boue S, Fung HL, Sancho-Martinez I, Zhang K, Yates J 3rd, Izpisua Belmonte JC. Recapitulation of premature ageing with iPSCs from Hutchinson-Gilford progeria syndrome. Nature, 472, 221-225, 2011.