日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ヒトがんでのタンパク質間相互作用解析(インタラクトーム)によって判明したDNA修復におけるサイクリンD1の機能

論文標題 A function for cyclin D1 in DNA repair uncovered by protein interactome analyses in human cancers.
著者 Jirawatnotai S, Hu Y, Michowski W, Elias JE, Becks L, Bienvenu F, Zagozdzon A, Goswami T, Wang YE, Clark AB, Kunkel TA, van Harn T, Xia B, Correll M, Quackenbush J, Livingston DM, Gygi SP, Sicinski P.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature 474, 230-234, 2011
キーワード サイクリンD1 , DNA修復 , RAD51 , BRCA2 , 相同組換え

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 サイクリンD1は細胞周期の重要な制御因子の1つであり、その変異が腫瘍発生の原因となる例が知られている。この論文は、サイクリンD1タンパク質自体がDNA修復に直接関与するという予想外の新しい知見を提示しており、紹介したい。
 一般に真核生物のサイクリンはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と呼ばれるタンパク質リン酸化酵素と複合体を形成し、細胞周期の進行を調節している。サイクリンD1はCDK4あるいはCDK6と結合し、Rb (retinoblastoma, 網膜芽細胞腫)タンパク質ファミリーと呼ばれる転写抑制因子 (pRb, p107, p130)をリン酸化する。最終的にE2F転写因子の活性化をもたらし、S期遺伝子の転写を引きおこすことでG1/S期の進行を担っている。また、多くのヒトがん・腫瘍細胞では異常に高レベルのサイクリンD1が検出されている (1)。 ヒトがんにおけるサイクリンD1の分子機能を調べるため、異なる4タイプ5種類のヒトがん・腫瘍細胞でサイクリンD1の相互作用タンパク質のプロテオーム・スクリーニングを行った。用いた細胞は全てサイクリンD1を過剰発現しており、具体的にはマントル細胞リンパ腫 (成熟B細胞腫瘍の一種) (Granta 519), 乳がん (MCF7, ZR-75-1), 扁平上皮がん (UMSCC-2), 大腸がん(結腸直腸がん) (HT-29)である。サイクリンD1と信頼性の高い相互作用を示すタンパク質として合計132個を同定しており、さらに解析すると細胞周期制御タンパク質とは明瞭に区別される群として、DNA修復タンパク質群、特に相同組換え(HR)の中心的なリコンビナーゼと位置づけられるRAD51を中心とするネットワークとの相互作用が明らかにされた。
  サイクリンD1の細胞周期制御への影響を排除するため、Rbタンパク質の非発現細胞であるHeLa(子宮頸がん)やH2009(肺がん)細胞を用い実験はデザインされている。サイクリンD1のsiRNAやshRNAによりノックダウンを行うと、どちらの細胞も放射線感受性がみられた。興味深いことにCDK4/6両方の阻害剤(PD0332991)処理では放射線感受性は観察されず、CDKを活性化できないサイクリンD1 (K112E)変異体は野生型と同様、サイクリンD1ノックダウンによる放射線感受性を相補する。これらの事実から著者らはサイクリンD1のDNA修復機能にはCDKのキナーゼ活性を必要としないと結論した。
 次に著者らはサイクリンD1ノックダウン細胞のDNA修復能の低下をコメットアッセイで示し、さらにその経路がDNA二重鎖切断 (DSB)修復であることをI-SceIアッセイ(ゲノム上に人工的にDSB損傷を誘導し、その修復を検証する解析法)で確認し、さらにHR活性を標的とすることをPARP阻害剤(olaparib = AZD2281)感受性で示している。また、ATM, CHK1/2, CDC25Aのリン酸化等を解析し、サイクリンD1ノックダウン細胞でDNA損傷応答シグナルの異常がないことも確認している。
 続いて、in vitro, in vivo両方でサイクリンD1はRAD51と直接結合し、サイクリンD1-RAD51相互作用は放射線照射により増強されることを示している。このことと一致して、サイクリンD1ノックダウンにより、RAD51のDNA損傷部位へのリクルートは著しく減少する。また、サイクリンD1はHR経路におけるRAD51制御因子BRCA2ともin vitro, in vivo両方で直接結合する。BRCA2ノックダウンではサイクリンD1のDNA損傷部位へのリクルートは減少するが、サイクリンD1ノックダウンではBRCA2の挙動に影響がないことから、BRCA2がサイクリンD1の上流に位置すると結論された。しかし、サイクリンD1ノックダウンはHR経路の初期反応であるDNA損傷部位のDNA末端の削込み(resection)やその結果生じる1本鎖DNAへのRPAのリクルート等には影響がなく、他の修復タンパク質(具体的にはBRCA1, MRE11, FANCD2, FANCI, PCNA, MSH6)のDNA損傷部位へのリクルートにも影響しない。以上の結果から、著者らはサイクリンD1はBRCA2を介してDNA損傷部位にリクルートされ、サイクリンD1とRAD51の直接の相互作用を通じてRAD51のDNA損傷部位へのリクルートに寄与するというモデルを提唱した(参考文献1参照)。
 HeLa, H2009と同様Rb非発現細胞であるDU145 (前立腺がん)の3者をヌードマウスに移植するといずれも腫瘍が発生する。サイクリンD1ノックダウン細胞をヌードマウスに移植すると、定常状態での腫瘍の増殖はin vitro, in vivoでもサイクリンD1に依存しないが、放射線照射により、サイクリンD1ノックダウン細胞の腫瘍増殖が低下するデータも示されている。つまり、サイクリンD1阻害の影響を受けないと現在は考えられているRb非発現性のがんでも、サイクリンD1を標的とする治療が有効な可能性が示唆された。
 いくつかもの疑問が浮かぶ。まず、DNA修復能に必要なサイクリンD1複合体の構成要素は何か、特にCDKはその複合体に含まれていないのか、複合体の構成要素の違いはどのように規定されるのだろうか。また、サイクリンD1の結合はRAD51の機能にどのように影響するのだろうか。関連して、サイクリンD1のBRCA2への結合はBRCA2の機能にどのような影響があるのだろうか。サイクリンD1と結合するBRCA2断片は1-454, 2438-2824, 3189-3418であることが示されているが、いずれもBRCA2の機能に必須なBRCTドメインの外側である (参考文献2)。さらにBRCA2のリン酸化制御 (参考文献3)との関連はどうなのだろうか。今後の進展を楽しみに待ちたい。

<参考文献>
1. Bartek J, Lukas J. Nature, 474, 171-172, 2011.
2. Lee M, Daniels MJ, Venkitaraman AR. Oncogene, 23, 865-72, 2004.
3. Esashi F, Christ N, Gannon J, Liu Y, Hunt T, Jasin M, West SC. Nature, 434, 598-604, 2005.