日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

毛包幹細胞がもつDNA損傷による細胞死への耐性は、Bcl-2とDNA修復の促進によってもたらされる

論文標題 Bcl-2 and accelerated DNA repair mediates resistance of hair follicle bulge stem cells to DNA-damage-induced cell death.
著者 Sotiropoulou PA, Candi A, Mascre G, De Clercq S, Youssef KK, Lapouge G, Dahl E, Semeraro C, Denecker G, Marine JC, Blanpain C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Cell Biol. 12, 572-582, 2010.
キーワード アポトーシス , 幹細胞 , bcl-2 , bcl-2 , G0/G1期

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正確な遺伝情報を伝達または維持することは、すべての生物の正常な細胞機能を保証するためや、哺乳動物においてがん化や老化を防ぐために重要である。DNA損傷の認識や修復、またDNA損傷が大規模であればプログラム細胞死(アポトーシス)を引き起こす機構は、すべての真核細胞で高度に保存されている。しかし成体幹細胞は組織の中で自己複製を行いつつ長期間存在しているため、有害な突然変異を蓄積する高いリスクを負っている。組織のニッチ環境にある成体幹細胞がどのようにDNA損傷を認識し、応答するのかほとんどわかっていない。本論文ではマウスの表皮をモデルとして用い、成体幹細胞がDNA損傷を受けた時の応答の基本的な分子機構を調べている。
 まずマウスの表皮に放射線照射後、表皮細胞と毛包幹細胞を組織から分離し、アポトーシスが起きている頻度を調べた結果、毛包幹細胞(毛と表皮細胞に分化する。)は、放射線によるDNA損傷によって誘導されるアポトーシスが表皮細胞に比べ生じにくくなっていた。
 毛包幹細胞がDNA損傷によって誘導されるアポトーシスに対して抵抗性を示す原因として、幹細胞の細胞増殖の静止、細胞老化、未成熟な分化が考えられたが、どれも関与が認められなかった。しかし抗アポトーシス遺伝子であるBcl-2の発現を調べた結果、表皮細胞に比べ毛包幹細胞では発現上昇していた。さらにBcl-2をノックアウトした毛包幹細胞ではDNA損傷によって誘導されるアポトーシスへの抵抗性が失われた。以上の結果よりBcl-2の過剰発現が抵抗性獲得の原因の一つであると明らかになった。またG0/G1期の細胞はnon-homologous end joining (NHEJ)によってDNA損傷を修復している。ほとんどの表皮細胞はG0/G1期で存在しているため、表皮細胞と毛包幹細胞表皮細胞のNHEJの活性を調べた。その結果、表皮細胞に比べ毛包幹細胞ではNHEJの活性が上がっていた。さらに毛包幹細胞の核内でNHEJのキープレイヤーの一つであるDNA-PKが発現上昇していることが観察されたことから、それがNHEJの活性上昇の一役を担っていることが示唆された。以上のことから、毛包幹細胞は放射線によるDNA損傷に対して抵抗性であり、その性質はBcl-2とDNA修復の促進という二つの機構によって、もたらされていることが明らかとなった。
 以上の結果より筆者は以下のことを論じている。同じ成体幹細胞でも、腸幹細胞はDNA損傷によるアポトーシスが起こりやすく、またBcl-2の発現が低く、DNA修復活性が欠如していることが報告されている1,2。反対に造血幹細胞は毛包幹細胞と同様にDNA損傷による細胞死に対して抵抗性であり3-5、DNA修復に関わる遺伝子が優先的に発現していることが報告されている6,7。アポトーシスの抑制とNHEJ活性の上昇は短期的な幹細胞の生存には有利となるが、長期的にはゲノムの完全性の維持を犠牲にする諸刃の剣となる。DNA損傷によって生じるがんや老化に対する各組織の感受性を理解するのに今回の結果は重要な暗示であるかもしれない。

参考文献
1. Merritt, A. J. et al. Differential expression of bcl-2 in intestinal epithelia. Correlation with attenuation of apoptosis in colonic crypts and the incidence of colonic neoplasia. J. Cell Sci. 108, 2261-2271
2. Potten, C. S. Radiation, the ideal cytotoxic agent for studying the cell biology of tissues such as the small intestine. Radiat. Res. 161, 123-136
3. Ploemacher, R. E., van Os, R., van Beurden, C. A. & Down, J. D. Murine haemopoietic stem cells with long-term engraftment and marrow repopulating ability are more resistant to gamma-radiation than are spleen colony forming cells. Int. J. Radiat. Biol. 61, 489-499
4. Meijne, E. I. et al. The effects of x-irradiation on hematopoietic stem cell compartments in the mouse. Exp. Hematol. 19, 617-623
5. Down, J. D., Boudewijn, A., van Os, R., Thames, H. D. & Ploemacher, R. E. Variations in radiation sensitivity and repair among different hematopoietic stem cell subsets following fractionated irradiation. Blood 86, 122-127
6. Ramalho-Santos, M., Yoon, S., Matsuzaki, Y., Mulligan, R. C. & Melton, D. A. 'Stemness': transcriptional profiling of embryonic and adult stem cells. Science
7. Ivanova, N. B. et al. A stem cell molecular signature. Science 298, 601-604