日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

PNKP遺伝子の変異による小頭症とけいれんを呈する新たな遺伝性疾患

論文標題 Mutations in PNKP cause microcephaly, seizures and defects in DNA repair.
著者 Shen J, Gilmore EC, Marshall CA, Haddadin M, Reynolds JJ, Eyaid W, Bodell A, Barry B, Gleason D, Allen K, Ganesh VS, Chang BS, Grix A, Hill RS, Topcu M, Caldecott KW, Barkovich AJ, Walsh CA.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature Genetics, 42, 245-249, 2010.
キーワード PNKP , 小頭症 , MCSZ , DNA損傷 , 放射線感受性

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 この論文は小頭症、けいれんを呈する新しい状染色体劣性遺伝疾患(MCSZと命名)を見出し、これがpolynucleotide kinase 3’-phosphatase (PNKP)の変異によって引き起こされることを示している。PNKPはDNA修復の過程において、DNAの3’末端にあるリン酸基を除去したり、5’末端が水酸基である場合にリン酸基を付加したりすると考えられている酵素である。また、PNKPはFHAドメインを有し、Casein kinase IIによってリン酸化を受けたXRCC1やXRCC4と結合することが知られている。このことから、DNA一本鎖切断修復と二重鎖切断修復の両方に関わると考えられている。
 MCSZは、小頭症、乳児期に発症する難治性のけいれん、発達遅延と多動をはじめとするさまざまな行動異常を主症状とし、中東、ヨーロッパで少なくとも7家系において見出された。MCSZ患者において、脳の構造異常や変性は認められておらず、運動失調や他の神経症状も認められていない。また、免疫機能の異常や高発がん性も見出されていない。しかし、MCSZの患者から樹立された細胞は放射線高感受性を示した。
この疾患の原因遺伝子を同定するために、著者らはまず、近親婚でMCSZを発症している3つの家系に注目した。この3つの家系はいずれもアラブ系パレスチナ人である。連鎖解析の結果、この3つの家系の患者では、19番染色体長腕に共通の変異があることが示唆された。更に、ハプロタイプ解析を行った結果、19q13.33の3cMの領域で同一のハプロタイプをホモで持つことが分かった。そこで、その領域に存在する41個の遺伝子をシークエンスした結果、全ての患者でPNKP遺伝子に変異が見出された。具体的には、エクソン5および11のホスファターゼドメインにおける塩基置換が2例の他、エクソン14における17bpの重複やイントロン15の17bpの欠損が見られた。 PNKPの発現を調べたところ、MCSZ患者では塩基置換の場合も含めて、PNKPタンパク質の発現が大きく低下していた。逆に軽度の患者では、一方の変異がイントロン15中での欠失であり、正しくスプライシングされたmRNAの量が顕著に低下していたが、PNKPの活性は残存している可能性が考えられた。また、17塩基の重複変異を持つ患者は、民族が大きく異なるにも関わらず、PNKP遺伝子座近傍での18SNPsの同じハプロタイプを示し、非常に古い時代に共通祖先を持つことが示唆された。
上述の通り、MCSZ患者の細胞は放射線感受性を示す。これは、DNA二重鎖切断修復能が低下していることを反映していると考えられる。PNKPがさらに他のDNA損傷修復系で機能する可能性があるため、著者らは他のDNA損傷誘発剤、具体的には過酸化水素とDNAトポイソメラーゼ阻害剤カンプトテシンの影響を調べた。MCSZ患者細胞および対照細胞をこれらの薬剤で処理した後、DNA修復の経過をアルカリコメットアッセイによって調べたところ、MCSZ患者由来の細胞でこれらの薬剤による損傷の修復能力が低下していることが示された。
 小頭症は発生中に十分な数のニューロンが形成されなかったり、一旦成長した後に変成したりすることによって引き起こされると考えられる。MCSZにおける小頭症の原因を探るために、マウスとヒトのPNKPのmRNAの発現をin situ ハイブリダイゼーションで調べた。その結果、増殖細胞を多く含むventricular zoneと分化した細胞を多く含むcortical zoneの両方にPNKPの発現が見られ、PNKPが増殖細胞と分化した細胞の両方において機能することが示唆された。更に、RNAiによりPNKPを減少させると、神経前駆細胞と分化ニューロンの両方において、わずかではあるがアポトーシスの増加が見られた。
 DNA修復遺伝子の変異が神経疾患につながる例は、これまで多数報告されており、神経発生の過程においてDNA修復が重要であることが示唆されている。例えば、DNA二重鎖切断修復に関わるDNA ligase IVおよびXLF(別名Cernunnos)の変異は重症複合免疫不全に加え小頭症を呈するヒト遺伝病で見られている。また、DNA ligase IV、XLFの他、Ku70、Ku80、XRCC4、DNA-PKcsのノックアウトマウスでも重症複合免疫不全に加え、小頭症が見られる。一方、塩基除去修復やDNA一本鎖切断修復に関わるXRCC1の欠損マウスでは、脳の大きさはほぼ正常であるが、運動失調やてんかんが見られる。MCSZで小頭症とてんかんの両方が見られたことは、PNKPがさまざまなDNA修復機構に関わることを反映しているのでないかと著者らは述べている。