日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

チェックポイントクランプ9-1-1のユビキチン化はRad6-Rad18とDNA損傷と無関係に起こる!

論文標題 Ubiquitylation of the 9-1-1 Checkpoint Clamp Is Independent of Rad6-Rad18 and DNA Damage.
著者 Davies AA, Neiss A and Ulrich HD
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell 141, 1080-1087, 2010.
キーワード Rad17 , ユビキチン化 , チェックポイント , 9-1-1 , DNA損傷

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この論文は2008年にCellに発表された論文(Rad6-Rad18 Mediates a Eukaryotic SOS Response by Ubiquitinating the 9-1-1 Checkpoint Clamp. Fu Y, Zhu Y, Zhang K, Yeung MT, Durocher D and Xiao W. Cell 133, 601-611 (2008))に対する反証論文である。

 Xiaoらのグループは、長年、出芽酵母を用いて、DNA損傷に応答する遺伝子発現調節の研究を行ってきた。以前に、DNA修復遺伝子MAG1とDDI1の発現がMMS(methylmethane sulfonate)などDNA損傷を誘発する刺激によって上昇することを見出した。以来、DNA損傷生成からMAG1、DDI1の発現誘導に至るメカニズムの解析を行ってきた。2008年の論文では、まず、MAG1、DDI1あるいはRNR3のプロモータ領域にlacZ遺伝子を接続したレポータープラスミドを種々の変異株に導入し、発現誘導に関わる遺伝子の探索を行った。その結果、rad6およびrad18変異株でMMS処理によるlacZ発現の誘導が減弱することを見出した。
 Rad6とRad18は2量体を形成することが知られている。Rad6、Rad18はそれぞれユビキチン結合酵素E2、ユビキチンリガーゼE3である。次の問題は、Rad6-Rad18複合体がいかにして遺伝子発現を誘導するか、そのメカニズムである。Rad6-Rad18ユビキチン化酵素の基質としては、当時PCNA(POL30にコードされる)のみが知られていた。PCNAは3量体を形成し、DNA複製あるいは修復においてDNAポリメラーゼがDNAから離れないように押さえつけ、伸長を促す留め金(クランプ)であると考えられている。そこで、PCNAのユビキチン化部位であるLys164をArgに置換した変異体pol30-K164R変異株における遺伝子発現を調べたが、正常であった。このことから、PCNA以外にRad6-Rad18の基質があり、それが遺伝子発現の誘導に関わっていると考えられた。
 Rad17はMec3、Ddc1とともに9-1-1複合体を形成する。9-1-1の名前は、最初にこの複合体として同定された分裂酵母のRad9、Rad1、Hus1に由来する(それぞれDdc1、Rad17、Mec3に相当する)。9-1-1の3量体はPCNAの3量体と酷似した構造を持つことから、チェックポイント・クランプとも呼ばれる。Pol30、Rad17、Mec1、Ddc1の配列を比較したところ、Rad17のLys197がPol30のLys164に対応する位置にあることが分かった。また、two-hybrid法により、Rad17,Mec1,Ddc1の中でRad17のみがRad18と直接結合することが分かった。Fuらは、染色体上のRad17遺伝子に直接Mycタグ配列を付加し、Myc抗体を用いたWestern blottingおよび免疫沈降により、MMS処理に応答してRad17のユビキチン化が起こることを示した。このユビキチン化は、rad6Δ変異株およびrad18Δ変異株では見られず、また、rad17-K197R変異株でも起こらなかったことから、Rad6-Rad18がRad17をLys197においてモノユビキチン化することが示された。更に、rad17およびrad17-K197R変異株において、MMS処理後のMAG1あるいはRNR3遺伝子の発現誘導が減弱したことからRad6-Rad18によるRad17のK197Rにおけるユビキチン化が遺伝子発現誘導に重要であることが示された。
 Fuらの論文は、Rad6-Rad18の第2の基質としてRad17を示した。更に、このことから、Rad6-Rad18が2種類のクランプをユビキチン化することにより、損傷乗り越え修復から複製後修復あるいは細胞周期チェックポイントへと細胞応答を切り換えるという美しいストーリーを提示した。

 上記の報告に対して、今回紹介する論文の著者ら(Daviesら)は以下のような実験により、異議を唱えている。
1)rad17(K197R)変異株のDNA損傷チェックポイントは正常である。
 rad17欠損変異株(rad17Δ)はHydroxyurea (HU)、methyl methanesulfonate (MMS)、4-nitroquinoline oxide (NQO)、UVに対して高感受性であったが、rad17(K197R)は野生株と変わらなかった。また、rad18、rad5あるいはubc13とrad17Δまたはrad17(K197R)との二重変異株を作成したところ、rad17Δの場合はrad18、rad5あるいはubc13の単独変異株より高い感受性を示したが、rad17(K197R)の場合はrad18、rad5あるいはubc13の単独変異株と変わらなかった。更に、Rad53のリン酸化のMMS処理に対する応答を調べたところ、rad17Δでは野生株に比べて減弱が見られたが、rad17(K197R)では野生株と変わらなかった。このように、rad17(K197R)変異株におけるDNA損傷チェックポイント異常は認められなかった。

2)Rad17のユビキチン化はDNA損傷と無関係に起こる。
 Rad17のユビキチン化を検出しやすくするため、染色体上のRAD17遺伝子に9mycあるいはHAタグを接続した。また、銅誘導性のCUP1プロモーターの下流にHisタグを付加したユビキチンを発現するベクターを導入した。0.02% MMSで90分間処理した後、完全変性条件下でNi-NTAアフィニティークロマトグラフィーを行った。具体的には、6Mグアニジン塩酸存在下でクロマトグラフィーを行い、8M尿素を含むバッファで洗浄した。この操作は、ユビキチンが共有結合したタンパク質のみを得ることを意図している。得られたタンパク質画分に対して抗mycあるいは抗HA抗体でWestern blottingを行い、Rad17のユビキチン化を検出した。その結果、MMS処理の有無によらず、Rad17のユビキチン化がほぼ同等に起こっていることが示された。

3)Rad17のユビキチン化はRad6-Rad18複合体と無関係に起こる。また、K197はユビキチン化に必要ではない。

 次に、Rad17のユビキチン化にRad6-Rad18複合体が関わっているかどうかを調べるため、rad6Δおよびrad18Δ変異株を用いて同様の実験を行った。これらの変異株においても、野生株と同程度のユビキチン化が見られた。また、RAD6遺伝子あるいはRAD18遺伝子を過剰発現させてもRad17のユビキチン化に変化は見られなかった。また、rad17(K197R)でもユビキチン化が認められた。

 Daviesらは、Rad17のユビキチン化について、更に検討を深めている。まず、Rad6が不要であるならば、どのE2が関わっているか? そこで、Rad6以外の全てのE2の変異株を用いて上記と同様の実験を行ったが、いずれにおいてもRad17のユビキチン化は起こった。この結果から、Rad17のユビキチン化はあまり特異的なものではないのではないかと述べている。更に、Rad17以外の9-1-1クランプの構成要素であるDdc1とMec3のユビキチン化を上記と同様の方法で検討したところ、Ddc1、Mec3もRad17と同様にユビキチン化されることが分かった。また、クランプローダーであるRad24を欠損する細胞でもRad17のユビキチン化が起こった。このことから、Rad17のユビキチン化はDNAに結合しなくても起こることが分かった。
 また、Fuらは、Rad17が「モノユビキチン化」を受けると報告したが、Daviesらの論文ではモノユビキチン化に加え、「ポリユビキチン化」が観察された。そこで、Rad17のポリユビキチン化がプロテアソームによるタンパク質分解を促進する可能性を検討した。方法としては、プロテアソーム阻害剤MG132存在下と非存在下で、タンパク質合成阻害剤であるcycloheximide添加後のRad17タンパク質の存在量を追跡した。その結果、HAタグがついたRad17はMG132非存在下では時間経過とともに減少していったが、MG132存在下ではほとんど減少しなかった。しかし、一方、mycタグがついたRad17はMG132の存在の有無によらずほとんど減少が認められなかった。このようにRad17のプロテアソームによる分解はタグの影響を著しく受けることから、天然のタグが付いていないRad17が分解を受ける可能性は低いだろうと推論している。
 Daviesらは最後に、PCNA3量体と9-1-1複合体の3次構造を比較して、PCNAのLys164とRad17のLys197の位置が異なることや、Rad17のLys197が必ずしも保存されていないことを指摘している。
 このようにDaviesらの報告は、Fuらの報告と真っ向から対立する。なぜ、このような矛盾が生じたのか? どちらが正しいのか? Daviesらは当初、DF5という系統を用いて実験を行っていた。そこで、Fuらの報告で用いられたSX64A株を用いて同様の実験を行ったが、結果は変わらなかったとある。Daviesらの論文を読んだ後で、Fuらの論文を見返してみると、Rad17のユビキチン化はRad6およびRad18を強制発現しなければ微量であり、また、たった1つのデータに依拠していることに気付く。更に、上記の通り、このRad17も染色体上ではあるが、Mycタグを付加されている。ここまで書くと、Daviesらの論文の方に分があるように思える。しかし、一方で、Daviesらの論文でも、ユビキチンにHisタグが付けられ、また、ほとんどの実験で過剰発現されている。そのため、通常に比べてユビキチン化が起こりやすくなっている可能性や過剰発現を誘導するために用いられた銅イオンの影響も考えられる。銅イオンを添加せず、すなわち、basalな発現レベルで行った実験もあるが、タグの影響は否定できない。これらの影響により、非特異的なユビキチン化が起こり、微量に起こっているDNA損傷依存的なRad6-Rad18によるRad17のK197のユビキチン化を覆い隠してしまった可能性はないだろうか。いずれの論文も内在性のRad17のありのままのユビキチン化を見てはいない。これを見たときに初めて真実が分かるのではないか。