日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

チェックポイントキナーゼRad53によるSld3とDbf4のリン酸化が複製ストレス後のlate origin firingを抑制する

論文標題 Checkpoint-dependent inhibition of DNA replication initiation by Sld3 and Dbf4 phosphorylation.
著者 Zegerman P, Diffley JF.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature. 467, 474-478.
キーワード Rad53 , チェックポイント , DNA複製 , 酵母 , S期

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研究の背景:
 真核生物におけるゲノム複製の開始は、以下の3つのキナーゼによる制御下にある。ここでは出芽酵母での命名法を主に使用する。
(1)Cyclin-dependent kinase (S-CDK)
(2)Dbf4-dependent kinase (DDK、あるいはCDC7とも呼ばれている)
(3)チェックポイントキナーゼであるMec1(ヒトではATR)、さらにその下流であるRad53(ヒトではChk2であるが、機能的にはChk1のホモログとされる)
 複製開始時の必須因子Sld3とSld2は、CDKによってS期早期にリン酸化され、Dpb11(ヒトではTopBP1、リン酸化された蛋白質との結合ドメインであるBRCTドメインを複数持っている)と結合することが、複製開始に必須である。一方、DDKは、MCMヘリカーゼをリン酸化して活性化する。複製起点のfiring発火は、各起点でS期に一度だけ起こるよう、たとえばG1期ではCDKとDDKの活性は、発火しないよう低下しているなど、厳重に調節されている。
 上記は平常時の状況であるが、DNA損傷時には、DNAダメージチェックポイントの活性化により、ゲノムの複製は二つの方法で制御される。
(1)停止した複製フォークの安定化
(2)後期複製起点の発火の抑制。
 著者らは、出芽酵母の系を用いて、DNA損傷後の複製起点発火の抑制が、G1期における状況と似て、CDKとDDKのそれぞれの基質のRad53によるリン酸化によって起こることを報告している。

論文内容・結果
 チェックポイントによってどのように複製装置が制御を受けるのか解明するため、この二つの論文の著者らは、複製チェックポイントキナーゼであるRad53とDNA損傷に依存的に泳動度が低下する(バンドシフト、リン酸化されると泳動度が低下する)複製関連因子を網羅的に調べ、新規にSld3のバンドシフトを同定した。DDKの活性化に必須のサブユニットであるDbf4がDNA損傷後にリン酸化されるのは以前から知られていた。このリン酸化によりDDKが抑制されるものと思われる。
 次に、両グループは、Sld3の多数のリン酸化サイトを、マススペクトロメトリーや、ペプチドアレイ(全長のSld3をオーバーラップさせながら短いペプチドにわけ、おのおのを合成して膜上にスポットしたもの)などを使用して同定した。唖然とするほどの多数のリン酸化サイトである。彼らは、38個(論文1)ないし25個(論文2)のサイトをリン酸化不能のアラニンに置換して酵母に発現させ、確かにリン酸化(バンドシフト)が低下したことを確認した。さらに様々な組み合わせで、リン酸化ミミック型の変異(酸性アミノ酸であるアスパラギン酸)にも置換した。

 この後の両グループ(本論文及び参考論文)のアプローチは多少異なっているが、基本的に同一のきれいな結果を得ている。
1.Sld3のCDKによるリン酸化によりDpb11との会合が起こるが、彼らはRad53によるリン酸化によりDpb11からSld3が解離することを見出した。CDKによるリン酸化とRad53によるリン酸化は、互いを阻害しないが、Rad53によるリン酸化が優性である。
2.Rad53によるリン酸化不能型単独を発現した細胞は、MMSなどの損傷後後期起点の発火が抑制される。しかし、Sld3とDbf4を両方ともリン酸化不能型に置き換えると、後期起点の発火は抑制されなくなる(複製チェックポイントが起こらなくなる)。しかし、Rad53のリン酸化自体は影響されず、チェックポイントの活性化そのものが低下しているのではない。また、面白いことに、早期の起点には影響なく、チェックポイントは早期・後期の起点発火のタイミングの調節には関与していない。
3.Rad53によるSld3の多数のリン酸化により、Dpb11との結合が阻害されるが、結合したままになるよう、正常のSld3とDpb11を融合(fusion)させても、後期起点発火は抑制された。したがって、Dpb11との会合の抑制自体は、後期起点発火抑制には必須ではない(論文2)。この点、論文1には、Sld3のある部分のリン酸化で、必須複製因子CDC45との会合が解離するデータがあり、Sld3-Dpb11 fusionがリン酸化されたらCDC45が解離し、後期起点発火が抑制できるのかもしれない。
4.このRad53によるSld3とDbf4リン酸化を介した後期起点発火抑制は、細胞の生存などにどのような影響を与えるのか?細胞周期の進行をMMS存在下で調べると、rad53欠損細胞ではS期が迅速に進行するのに対し、複製チェックポイントのため、野生型ではS期早期で細胞が蓄積し、ゆっくりと細胞周期が進行する。Sld3/Dbf4リン酸化不能型細胞では、rad53変異細胞ほどではないが、S期の進行はやはり迅速であった。しかし、面白いことに、MMS存在下での細胞生存は、Rad53変異細胞に比して、ほとんど野生型と変わらなかった。これは、細胞の生存には細胞周期進行よりもおそらく複製フォークの安定化の方がはるかに大きな役割を演ずるためと考えられた(論文1)。論文2では、ハイドロキシウレアの感受性が調べられているが、rad53変異細胞に比べやはりそれほど大きな低下は認められなかった。しかし、Sld3/Dbf4リン酸化不能型細胞はハイドロキシウレア存在下で増殖低下を示し、相同組換え因子Rad52のフォーカスが多数認められ、複製ブロックからの回復も遅延していた。

結論
これらの論文によって、少なくとも酵母におけるS期チェックポイントのメカニズムをより深く理解することが可能となった。最近酵母のSld3の高等真核生物ホモログ候補が、Treslin/ticrr分子をはじめとして見つかっている。両論文とも、S期チェックポイントの基本的メカニズムが高等生物でも保存されているのか、Treslinがチェックポイントのターゲットになっているのか、などの点を今後の興味の対象としてあげている。

<参考文献>
Lopez-Mosqueda J, Maas NL, Jonsson ZO, Defazio-Eli LG, Wohlschlegel J, Toczyski DP. Damage-induced phosphorylation of Sld3 is important to block late origin firing. Lopez-Mosqueda J, Maas NL, Jonsson ZO, Defazio-Eli LG, Wohlschlegel J, Toczyski DP. Nature. 2010 Sep 23;467(7314):479-83.