日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

癌発生の形質転換における、ポリコームとSWI/SNF複合体との拮抗的な作用機序

論文標題 Epigenetic antagonism between polycomb and SWI/SNF complexes during oncogenic transformation.
著者 Wilson BG, Wang X, Shen X, McKenna ES, Lemieux ME, Cho YJ, Koellhoffer EC, Pomeroy SL, Orkin SH, Roberts CW.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Cell. 18, 316-328, 2010.
キーワード エピジェネティック , クロマチンリモデリング , ポリコーム , SNF5 , 発がん

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<背景>
発がんにおけるエピジェネティックな変化がますます重要性を増してきている。エピジェネティクスとは、クロマチンの構造変換による遺伝子発現の制御機構のことであるが、このエピジェネティック変化が大部分の腫瘍で広範に見られることは以前から指摘されてきた。しかし、一般的に腫瘍にはゲノムの不安定性が同時に存在しているため、エピジェネティック変化が腫瘍形成にどの程度そしてどのような機序で寄与しているのかはいまだ不明であった。著者らは以前の論文で、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体のサブユニットである腫瘍抑制因子SNF5の欠失がエピジェネティックな変化を通して腫瘍を発生させることを示した。クロマチンリモデリング因子とは、ATP加水分解のエネルギーを使ってヌクレオソームの再配置を行う複合体であり、真核生物で高度に保存されている。そのひとつのファミリーがSWI/SNFであり、遺伝子発現の調節に広範に働いている。その前出の論文で筆者らは、ヒト横紋筋様腫瘍細胞(Malignant Rhabdoid tumor, MRT)をモデルとして使用した。MRTでは、SNF5の遺伝子変異による不活化が見られるがゲノム構成は二倍体で安定性を保持していることを示し、ゲノム不安定性を伴わないエピジェネティックな変化を通して腫瘍が形成される機構を明らかにした。したがって、SNF5欠失による発がんはエピジェネティック変化によるものと考えられ、エピジェネティクスによる発がん機構を探る格好の機会となると考えられる。
 今回の論文で著者らは、SWI/SNF複合体のサブユニットであるSNF5とポリコームグループ(PcG)タンパクであるEZH2の発がんにおける拮抗的な役割に焦点をあてている。その理由は以下の既知事項に依る。1)ショウジョウバエ発生では、Hox遺伝子の発現制御においてPcGタンパクとSWI/SNFは拮抗的に働く。2)SWI/SNFとPcGタンパクは、遺伝子サイレンシングにおいてエピジェネティックな機序を介して拮抗的に働く。3)EZH2は多種の癌で高発現し、その発現上昇は腫瘍の病期進行と予後の不良度に相関する。4)SNF5はしばしば癌で発現抑制され、SNF5の不活性化は急速進行性の発がんをもたらす。

<論文内容・結果>
まず初めに著者らはMRT細胞株とSnf5コンディショナルノックアウトMEFを用いて、SNF5欠損時にはEZH2発現が転写レベルとタンパクレベルで上昇していることを示した。このEzh2の活性上昇はSnf5欠損による直接的な効果であった。これまでの研究で、腫瘍抑制因子p16INK4a発現はEZH2とSNF5の両因子の制御を受けることが示唆されている。そこで著者らは、p16INK4a遺伝子座をEZH2とSNF5の機能的関係の解析モデルとして取り上げることにした。コンディショナルノックアウトマウスのMEFを用いてp16INK4aタンパク発現レベルを調べた結果、Snf5の不活性化はp16INK4aの発現低下をもたらし、逆にEzh2の不活性化はp16INK4aの発現亢進をもたらした。Snf5とEzh2の両遺伝子欠損MEFにおけるp16INK4aの発現は、野生株と同程度であった。これは、Snf5欠損によるp16INK4a発現低下を、Ezh2の不活性化が無効化したためである。ここにおいて、p16INK4a発現におけるSNF5とEZH2の拮抗的な調節が明らかとなった。
 さて、これまでの研究から、Ezh2はヒストンH3の27番目のリシンのトリメチル化(H3K27me3)修飾を通じて遺伝子サイレンシングを誘導することが知られている。著者らは、SNF5が不活性化するとp16INK4a遺伝子のH3K27me3修飾が上昇することを示した。これは、Snf5不活化時にはEZH2によるH3K27me3修飾が促進され、p16INK4a遺伝子のサイレンシングが生じると考えて矛盾が無い。
 p16INK4a遺伝子座でみられたSNF5とEZH2の間のエピジェネティックな拮抗状態は、広範に生じる一般化できる現象であろうか?筆者らは、Gene Set Enrichment Analysis(GSEA)を用いてPcGの標的遺伝子群の発現レベルを解析した。結果、Snf5の不活性化はPcGによる制御をうける遺伝子群に広範な発現抑制をもたらすこと、また、この抑制はEzh2の存在に依存していることを示した。まとめると、PcGに制御される遺伝子群のプロモータ部では、Snf5の欠損によってEzh2に依るH3K27me3修飾が亢進し、遺伝子発現の低下がもたらされる。
 これまでの研究から、発がんの形質転換は幹細胞の自己複製機構の異常な活性化が一因として考えられている。そこで著者らは、幹細胞に特異的な遺伝子群の発現プログラムにおいても、Ezh2とSnf5の均衡関係が働いていることを示した。さらに、SNF5不活化状態ではEZH2が細胞老化を抑制することで腫瘍増殖を助長していると結論付けた。また、ノックアウトマウスを用いたin vivoでも同様の結果が得られ、Snf5不活化でもたらされる発がんには、Ezh2の機能亢進によってもたらされる腫瘍増殖が必須の役割を果たしていた。

<考察>
今回著者らは、SWI/SNF複合体とPcGタンパクとの調節関係が複数の細胞種で働く普遍的な現象である事、この調節関係の破綻は発がんに関与していることを示した。幹細胞で発現している遺伝子のセットはSNF5欠失の癌で上昇しており、Snf5不活性化を誘導すると、癌化が生じる前段階でも幹細胞関連プログラムが作動する。ゆえに、SNF5は幹細胞に関連する遺伝子群の発現を直接に制御する重要な因子であるといえる。加えて、SNF5と拮抗作用するPcGタンパクもまた、幹細胞の遺伝子発現プログラムを調節しており、PcGの過剰発現は腫瘍細胞の増殖や形質転換を促進する。まとめると、今回の研究ではSNF5を幹細胞関連プログラムの調節因子として確立し、SWI/SNFとPcGタンパクの拮抗する機能をこれらのプログラムにおいて示した。そして幹細胞関連プログラムにもたらされた発現調節の不均衡が、EZH2の過剰発現もしくはSNF5不活性化につづく発がんのメカニズムでありうるというモデルを提示した。

<参考文献>
1)Loss of the epigenetic tumor suppressor SNF5 leads to cancer without genomic instability . McKenna ES, Sansam CG, Cho YJ, Greulich H, Evans JA, Thom CS, Moreau LA, Biegel JA, Pomeroy SL, Roberts CW. Mol Cell Biol. 2008 Oct;28(20):6223-33. Epub 2008 Aug 18.
2) Polycomb silencers control cell fate, development and cancer. Sparmann A, van Lohuizen M. Nat Rev Cancer. 2006 Nov;6(11):846-56.
3) Polycomb group proteins: navigators of lineage pathways led astray in cancer. Bracken AP, Helin K. Nat Rev Cancer. 2009 Nov;9(11):773-84. Review.