日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ATLDとNBSにおけるDNA損傷シグナル依存的なアポトーシス応答の相違が異なる神経疾患をもたらす

論文標題 Differential DNA damage signaling accounts for distinct neural apoptotic responses in ATLD and NBS
著者 Shull ERP, Lee Y, Nakane H, Stracker TH, Zhao J, Russell HR, Petrini JHJ, Mckinnon PJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Genes Dev. 23, 171-80, 2009
キーワード DNA損傷 , 小頭症 , 神経変性 , MRE11 , NBS1

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 DNA損傷応答に関わる因子の欠損は発生異常や免疫不全、高発癌性といった様々な疾患の原因となる他、神経変性や小頭症、脳腫瘍といった神経システムにも異常をきたす事が知られている。これは神経の発生段階において細胞代謝により生じた過酸化酸素がDNAに損傷を起こした際、DNA修復が正常に行われないために神経細胞の発生に影響を及ぼすのではないかと考えられている。
 本論文において筆者らは放射線高感受性遺伝病A-T (ataxia telangiectasia)、ATLD (A-T-like disease) 及びNBS (Nigmegen breakage syndrome; ナイミーヘン症候群)における神経性疾患の症状の違いに着目して研究を開始している。A-T及びATLDは臨床症状として神経変性を示すのに対し、NBSは小頭症を示す。これらの症状の違いの原因としてDNA損傷応答シグナルの一つであるATM依存的なアポトーシスにあるのではないかと筆者らは考えた。そのためにATLD及びNBS患者と類似した部位欠損をもつMRE11及びNBS1タンパク質を発現するマウスを用いた。それぞれのマウスに放射線を照射後、網膜と歯状回(海馬体の一部分)を、組織免疫染色法を用いてCaspase-3の活性を検討した。その結果、NBSマウスは野生型のマウスと同程度のCaspase-3活性を示したがATLDマウスはCaspaase-3活性が低下していた。これらの結果からATLDマウスではATM依存的なアポトーシスの活性が低下している事が疑われたため、放射線照射後のATM活性を計測した。その結果、予想通りATLDマウスは野生型と比較してATMの活性が低下していた。さらにATM依存的なCHK2のリン酸化、p53のリン酸化も低下していた。一方、NBSマウスはATMの活性が野生型細胞と比較して低下していたもののCHK2のリン酸化やp53のリン酸化は顕著な低下は見られなかった。さらに筆者らは内発生的なDNA損傷に対するMRE11及びNBS1の役割を測定する為にLig4ノックアウトマウスを用いている。Lig4ノックアウトマウスはATM依存的なアポトーシスが誘導される為に胎生致死であるが、ATMを同時にノックアウトする事により生まれてくる事が報告されている。Lig4ノックアウトマウスにATLD変異を挿入したマウスはアポトーシスの頻度が極度に低下しているのに対して、NBS変異を挿入したマウスはアポトーシスの頻度が半分程度に低下していた。さらにこれらの結果を検証する為に筆者らはLig4のコンディショナルノックアウトマウスを作製した。その結果予想通り、ATLD変異を挿入したLig4のコンディショナルノックアウトマウスではアポトーシスが極度に低下していたのに対し、NBS変異を挿入したLig4コンディショナルノックアウトマウスではアポとシースの活性の低下はわずかであった。
 以上の結果からNBS1変異タンパク質とMRE11変異タンパク質のATM活性に寄与する大きさの違いが発生時期における神経細胞のアポトーシスの誘導に関与しており、神経変性と小頭症といった症状の相違をもたらしている可能性が示唆された。NBS1とMRE11はDNA損傷応答においては複合体を形成し機能するのに対し、それぞれの遺伝子に変異が挿入された遺伝疾患の症状が異なることの原因がこれまでは不明であった。本論文はDNA損傷応答タンパク質欠損による神経性の症状を考察する上で重要な示唆を与えたており、その功績は大きいと思われる。

<キーワード>
NBS1
NBS1遺伝子はナイミーヘン症候群(Nijemegen breakage syndrome)の原因遺伝子として同定された。遺伝子産物であるNbs1はMre11、Rad50とMRN複合体を形成し、DNA二重鎖切断修復に機能する。また、S期チェックポイントDNA複製フォークチェックポイントにも関与する。
MRE11
MRE11遺伝子はATLD(AT-like disease)の原因遺伝子として同定された。遺伝子産物であるMRE11はヌクレアーゼ活性を持ちDNA修復の際のDNA末端のプロセッシングを行う。

<参考論文>
1. Peter J. Mckinnon. DNA repair deficiency and neurological disease. Nature Review Neuroscience (10) 2, 100-112 (2009)
2. Pierre-Olivier Frappart, Wei-Min Tong, Ilja Demuth, Ivan Radovanovic, Zdenko Herceg, Adriano Aguzzi, Martin Digweed and Zhao-Qi Wang. An essential function for NBS1 in the prevention of ataxia and cerebellar defects. Nature Medicine (11) 5, 538-544 (2005)